「社会不安障害」social anxiety dosorder SAD(社会恐怖social phobiaも同義)
目次
(1)社会不安障害とは。簡潔な理解。
(2)用語
(2-1)social
(2-2)anxiety
(2-3)phobia,fear
(2-4)panic
(2-5)agoraphobia
(3)不安性障害全般についての理解
1.広場恐怖を伴わないパニック障害
2.広場恐怖を伴うパニック障害
3.パニック障害の既往歴のない広場恐怖
4.特定の恐怖症……動物型、自然環境型、血液・注射・外傷型、状況型、その他の型
5.社会恐怖
6.強迫性障害 compulsive obsessive disorder
7.外傷後ストレス障害。post traumatic stress disoeder(PTSD)
8.急性ストレス障害(Acute stress reaction)
9.全般性不安障害 generalized anxiety disoeder(GAD)
10.一般身体疾患による不安障害
11.物質誘発性不安障害
12.特定不能の不安障害
(4)旧来の日本で言う「対人恐怖」との異同
(4-1)視線恐怖を例にとって
(5)現実認識
(6)背景
(7)森田神経質について
(8)分析的理解の初歩
以上目次
(1)社会不安障害とは。簡潔な理解。
米国流のDSM診断では不安性障害の中の一つに社会不安障害が分類されています。普通の日本語で言えば、社会不安は、テロや災害などで政治経済が不安定な様子をさすでしょうが、社会不安障害の内容としては、常識的日本語で考える「軽症対人恐怖」または「対人不安性障害」でおおまかに間違いないと思います。対人恐怖はtaijinkyoufuと英訳されているほど、固有のものなのですが、ここでは簡単に、対人恐怖のなかの軽症・思春期・非妄想型とでもとらえておけばよいでしょう。
簡単に言えば、「他人に注目されて」「恥をかいたら」どうしようと不安が高まることであり、そのような対人的状況を回避しようとする場合もあることです。
たとえば、このような人のことです。
Aさんは鉄鋼会社に勤務する勤続23年のサラリーマンです。几帳面で責任感が強く、面倒見もいいので、部下とよく飲みに行きます。4月に昇進して、みんなに祝ってもらいしました。9月になって夏休みが開けたころ変調を感じました。会議の席で挨拶しようと思って、頭が真っ白になったのでした。不安、冷汗、動悸、息苦しさを伴っていました。「こんなこともあるのかな、不眠と過労のせいかな」と思い、しばらくは節酒していました。
昇進した後の仕事も何となく億劫でした。やればできる仕事ですが、後回しにして、机の脇に書類が一山できています。役員会で急に指名されると何も言えなかったので自分でも驚きました。いままで経験したことのないことでした。うつのような気もしたのですが、睡眠も食欲も大丈夫ですし、休日にはゴルフも短歌も昔の通りに楽しめます。
今回大きな会議があり、三ヶ所程度挨拶をすることになりましたが、その原稿がまったく書けません。「また頭が真っ白になったらどうしたらいいだろうか」と不安になってしまいます。とうとう不眠症になってしまいました。どうも、会議で上役に向かって何かを言わなければならない重圧に負けているようでした。会議に出なくてすむなら出たくないとまで思うようになりました。
「他人から注目される場面」としては、大勢の前、目上の人の前、異性の前、挨拶を読み上げる時、電話する時、会食する時、などが多くあげられます。
不安が高まるという精神症状の他に、次のような身体症状が見られます。赤面、火照り、顔の引きつり、吃音、手や声の震え、発汗、身体硬直、嘔吐、意識消失、頻回の尿意、頻回の便意、公衆便所で排尿できないなど。
米国での調査ではSADの生涯有病率は3〜13%です。これまで治療されていなかった重大な病気と言えるでしょう。単に「内気」な性格だと考えて治療で治るとは思わなかった人が多かったようです。さらに人との関わりを避けるので、結果として病院に行こうと思いません。診断も遅れる傾向にあります。
回避性人格障害との鑑別が必要です。
また不安が限定性か全般性かについて鑑別する必要があります。
さらに強迫性障害と同じで、最初の一回は平気な場合も多く、二回目から苦しみが始まることが多いとも言われています。また、不安が過剰であり、不合理であることを自覚しています。この二点で強迫性障害と社会不安障害の同型性が論じられています。
対人距離によって不安感に違いがあり、初対面の人は平気、少し慣れてくると不安は極大になり、家族程度に親しくなってしまうとまた平気になると観察されています。学校が始まって少しの期間は元気だったのに、次第に閉じこもりがちになるのは、この典型です。社員食堂で同僚と会話ができない人が、初対面の客とは堂々と話せるのもこのためです。
治療はSSRI(ルボックス、パキシルなど)や抗不安薬(ソラナックス、ワイパックス、デパス、メイラックスなど)が有効です。
(2)用語
社会不安障害のもとの言葉はsocial anxiety dosorderです。DSMでは同義語として社会恐怖social phobiaも使われています。
まず言葉の説明をしていきましょう。
(2-1)social
social は、「社会の、 社会的な、 社交的な、社交界の、社会的地位に関する」などの意味があります。social democratic partyなら社会民主党、social workerは社会福祉の仕事をする人ですね。大きく分けると、第一は、人間が集まって集団を作っている、その構造体のことを社会といいます。社会構造などと使います。第二には社交技術とか社交界とかの言葉で、人と付き合うことを言います。社会不安性障害で言っているのは、この社交、人付き合い、対人関係のことです。英語で説明するとinterpersonal situation があたるでしょう。
(2-2)anxiety
一般に心配だという程度の意味なのですが、学問的には、恐怖に比較して、対象の漠然とした、比較的弱く短い、交感神経身体反応を伴う、内的感情と定義できます。
「何となく落ち着かなくて、冷や汗が出たり、動悸がしたり、胃部不快がある」ような状態です。
(2-3)phobia,fear
phobiaは恐怖症。どちらからといえば学問的な言葉です。fearは一般的な言葉で、恐れ, 心配、ときには神への畏敬までを含みます。
恐怖と翻訳します。不安に比較して、対象が明白で、瞬間的で、激しい感情であり、交感神経系の身体反応を含みます。
たとえば「注射恐怖」の時は、注射の針を見ると、ドキドキして冷や汗が出て、何としても逃げたいと思い、もがき続け、何かを叫んだりします。
現実にはさして危険でない程度の対象に対して激しい恐れを抱きます。常識的にはそれほど恐怖しなくてもよいのだと自ら半ば理解していることが多いようです。
対象により分類しています。動物(へび、クモなど)恐怖、対人恐怖、疾病恐怖、不潔恐怖。自然環境(嵐、高所、水)、血液・注射・外傷、状況型(公共輸送機関、各駅停車<急行<地下鉄<トンネル(後者ほど苦手)、橋、エレベーター、飛行機、自動車運転、閉所、広場)。窒息、嘔吐に対する恐怖。
(2-4)panic
パニックは特に強烈な不安恐怖の状態です。臨床的にパニック障害といえば、(1)強い恐怖、(2)動悸、(3)呼吸困難(特に過呼吸発作)、(4)めまい、ふらつき、(5)手足のしびれ、(6)胃部不快、吐き気、下痢、便秘などの消化管症状。以上のすべてまたはいずれかを呈する状態を指します。発作は通常15分から30分で全快し、あとに後遺症を残しません。予期不安が生じ、持続することがあり、結果としてうつ状態になり、生活に支障が出ることもあります。平均して6ヶ月程度の経過で治癒し、治療にはベンゾジアゼピン系抗不安薬、SSRI、三環系抗うつ剤などを用います。心理療法としては支持的カウンセリングや行動療法が用いられます。
パニック障害は広場恐怖を伴うタイプと伴わないタイプとに分類されて統計処理されます。
(2-5)agoraphobia
広場恐怖 agoraphobia 特定の場所・状況に対して恐怖を感じる場合に用いる言葉。広場は一つの典型であり代表である。たとえば、エレベーター、レジの待ち行列、歯医者、美容院、電車などが多い。患者さん方は、「強制された状態、待ってもらえない状態、自分の都合で抜けられない状態」がつらいと語る。ここまでくると「広場」の訳語はふさわしくない。
「特定の場所恐怖」と言えばそれでもよいのですが、少し事情があります。プライベートな場所では、強制もなく、自分の都合だけで動くことができます。パブリックな場所では、自分の都合だけで何かをしてもらうことができません。電車の中で具合が悪くなっても、急行電車を止めてもらえません。飛行機の中でも同じです。つまり、プライベートな場所は安全であるのに対して、パブリックな場所が危険なわけです。個人的なわがままは我慢しなければならないパブリックな場所という意味で、公共の場所アゴラを代表として、アゴラフォビアと呼んでいます。ヨーロッパの町の中心にあるパブリックな場所がアゴラなのです。
(3)不安性障害全般についての理解
DSMにおける不安性障害分類には次のようなものがあります。それぞれについて解説することによって、社会不安障害の位置づけについて明らかにしていきましょう。
1.広場恐怖を伴わないパニック障害
苦手な場所・状況が特にない、いつ起こるか本人にも分からないパニック障害です。睡眠中に起こることもあります。
2.広場恐怖を伴うパニック障害
苦手な場所・状況があるパニック障害で、たとえば電車、美容院、歯医者、エレベーター、会議などです。
3.パニック障害の既往歴のない広場恐怖
パニック障害はないのですが、特定の場所・状況が苦手で、できれば回避しようというものです。
4.特定の恐怖症……動物型、自然環境型、血液・注射・外傷型、状況型、その他の型
蜘蛛恐怖症などですが、教科書には、行動療法として、蜘蛛になれる方法が図示してあります。まず蜘蛛の絵に触れる、蜘蛛の写真に触れる、ガラスケースの蜘蛛に触れるなど、段階的に慣らしていきます。
5.社会恐怖
上記(1)で説明しました。
6.強迫性障害 compulsive obsessive disorder
これは、本人はばかばかしいと思い、無意味だと思っているのに、反復を辞められない、観念や行為です。確認強迫をchecker、手洗い強迫をwasherと簡単に呼びます。obsessional ideaとcompulsive actがあります。ドイツ語でZwangです。儀式や宗教につながる議論があります。
7.外傷後ストレス障害。post traumatic stress disoeder(PTSD)
戦闘、爆撃、天災などの後に、多くは遅延性に驚愕反応が生じるもの。ベトナム戦争や湾岸戦争の後、兵士にみられたものが典型。この拡張として心的外傷後ストレス障害が考えられている。
8.急性ストレス障害(Acute stress reaction)
驚愕反応ともいう。爆撃、火事、地震などでの、近親者の死、財産喪失などの体験に際しての特殊な激烈な反応。グリーフワークの開始時の混乱とは質的に異なる。
9.全般性不安障害 generalized anxiety disoeder(GAD)
不安発作(パニック発作)が目立たず、慢性不安状態が持続するタイプの不安症。たとえばPTAの会合、ゴミ出し場所の掃除、子供の学芸会、その他、日常的に反復されるイベントのそれぞれに対して持続性の不安を抱くもの。
10.一般身体疾患による不安障害
これは理解了解できる範囲の事項。
11.物質誘発性不安障害
これも理解了解できる範囲の事項。ドラッグなど。
12.特定不能の不安障害
これはくず箱。
(4)旧来の日本で言う「対人恐怖」との異同
社会不安障害と旧来日本で呼ばれていた対人恐怖症は全く違った奥行きをみせていてることに注意が必要です。日本で古くから使っていた言葉、「対人恐怖症」はほとんど日本語の中で日常語彙の一つとなっていますが、意味の包含する範囲は広く、社会不安障害のすべてを包摂しなお余りある広がりを持っています。従ってここでは、対人恐怖症と社会不安障害の差は何であるかを指摘しつつ説明しましょう。
対人恐怖 anthrophobia,fear of interpersonal situation,social phobia.avoidant personality disorder 対人恐怖はtaijinkyoufuの用語で語られることもある位、日本で森田以来の研究蓄積があり、特に思春期対人恐怖の研究など独自の説得力があります。
他人と同席する場面で、不必要な程度の強い不安が生じ、そのため他人に不快感を与えるのではないか、他人に軽蔑されるのではないかと感じ、そのような対人場面を回避しようとします。
恐怖が過剰であり、不合理であることを自覚している場合もあり、訂正できない確信である場合もあります。
社会不安障害の名は、妄想性成分を含みません。「自分でもばかばかしいと自覚していながらもおなも不安である、不安を止められない」そのようなものです。強迫性障害と構造としては似ています。一方、対人恐怖症は妄想を含むことがあります。そしてそのまま統合失調症につながることがあります。その部分が、対人恐怖症の概念の広がりです。
対人恐怖には軽症型から重症型まであり、思春期の重症型を思春期妄想症と呼びます。性格障害から統合失調症までを含む概念と考えられます。特徴をあげると、思春期前期に好発、中学後半から高校後半まで。男性に多い。慢性的に経過。統合失調症の前駆症状として見られることもある。赤面恐怖、視線恐怖、正視恐怖、体臭恐怖、醜形恐怖、吃音恐怖の形をとることもある。薬剤は抗不安薬とSSRIなどの抗うつ剤の他に抗精神病薬を用います。
(4-1)視線恐怖を例にとって
視線は人間の一部ですから、視線恐怖は対人恐怖の典型的一亜型です。他人の視線と自分の視線を区別しています。自分の視線が気になる場合は自己視線恐怖と呼べば正確です。両者について病気の深さの程度をおおむね区別することができます。(1)正常範囲内のはにかみ、(2)気にする必要はないと知りつつ過剰に意識してしまう場合(神経症レベル)、(3)妄想性を帯び、しばしば被害的になる(軽度精神病レベル)、(4)統合失調症の部分症状と見なすべき、訂正不可能な確信(重度精神病レベル)。さて、自己視線恐怖については、妄想性が濃厚な場合が多く、思春期妄想症や統合失調症の一部病態にしばしば見られます。これは自我漏洩症状の一部です。自我漏洩症状には自己臭恐怖、自己視線恐怖、思考(考想)伝播などがあり、本来自己の内部にとどまるべきものが外部に漏洩してしまい、他者に不快感を抱かせる点が共通です。
社会不安障害にはこのような深い意味での病理はありません。それが対人恐怖との相違です。
(5)現実認識
対人恐怖や社会不安障害における種々の不安、恐怖に対して、大まかにまとめると、現実認識に歪みがあるものとないものとに分類されます。おおむね、醜形恐怖、疾病恐怖、視線恐怖、自己臭恐怖は現実認識に歪みがあることが多く、精神病レベルの病理と判断されることが多いと思います。
一方、高所恐怖、先端恐怖などは通常の恐怖感の延長として考えることができるでしょう。その点で、神経症レベルの病理といえます。
精神病レベルの病理と神経症レベルの病理はくっきりと分けられるものではなく、動揺しつつ、両者の間を行き来する場合もあります。
(6)背景
背景に特有の性格傾向や神経症構造を持つことがあり、森田神経質や強迫性障害などは恐怖症と大いに関係があります。
また、背景に統合失調症などを持つことがあり、思春期にみられる過度の対人緊張は統合失調症の始まりであることもあるので注意が必要です。
(7)森田神経質について
森田は日本において特に多い神経症類型として森田神経質を提唱し、その臨床的特徴の中心として対人恐怖症をあげました。森田療法で言う神経質またはヒポコンドリー性基調は病気の基礎的性格となるが、通常の日本語で言う神経質な性格は不安性障害とあまり関係ないといわれます。森田の神経質な性格傾向をヒポコンドリー性基調と呼び、その上に生じる、感覚と注意の悪循環を「精神交互作用」と名付け、さらに「とらわれ」にいたることを説明しています。絶対臥褥、音読、作業、読書などを通して、「あるがまま」「目的本意・行動本意」に至るのが森田療法の一部です。
(8)分析的理解の初歩
不安を特に不安神経症として扱い、防衛機制(防衛メカニズム)などの概念を用いて説明したのが初期フロイトです。中絶性交のような「欲求不満に終わる性的興奮」を病因として想定していました。フロイトはその後発展的に大きく方向転換しました。一方「夜と霧」などで有名なフランクルは現存在分析などを通じて実存神経症の分野で研究を深めています。