気分変調症 2007-12-19

気分変調症 2007-12-19

気分変調症
阿部隆明
dysthymia,depression,dysthymic disorder,personality disorder,affective disorder

1.はじめに

ICD-10によれば,気分変調症とは,個々のエピソードの重症度あるいは持続期間において,軽症あるいは中等症の反復性うつ病性障害の診断基準を満たさない程度の慢性的抑うつ気分であり,従来診断の抑うつ神経症,抑うつ人格障害,神経症性うつ病,持続性不安うつ病が含まれるとされる。とはいえ,長期経過からみれば,そこには一生にわたってうつ病の深さまで達しない軽うつ状態だけではなく,うつ病性障害に先行ないし後発する軽うつ状態も含まれる。

具体的な症状について,ICD10では細かい規定がないので,ここではDSM-IVの気分変調性障害の診断基準を掲げておく(表1)。いずれにしても,症状数と持続期間による軽症うつ病との区別は非常に人為的であり,操作的診断の(大)うつ病にも従来の神経症性うつ病が含まれることを考えると,気分変調症と持続性の軽症うつ病を厳密に区別することはあまり意味がない。そこで,以下で論じる気分変調症は重症化しない持続性の軽症うつ病を含んでいることをあらかじめお断りしておきたい。

かつてAkiskalは気分変調症の本態について,①大うつ病性障害の薄められた表現型,②大うつ病性障害後の残遺症状,③他の慢性疾患に重畳した慢性不機嫌症,④性格因性うつ病に分類した。したがって,気分変調症も病因を考えれば,身体性症候群を伴ううつ病(ICD-10)ないしメランコリー型の大うつ病(DSM-IV)と生物学的基盤を共有し薬物療法の有効な群およびそれに準ずる慢性ストレス群と,それらと一線を画し主に性格に起因する群に大きく分けられるが,それぞれの症候上ないし経過上の部分的重なりは否定しがたいことも事実である。以下では,便宜的に前者を感情病性気分変調症,後者を性格因性気分変調症と命名して,その病態と治療について論じる。

2.感情病性気分変調症

同じくうつ病と密接な関連を有し共通の生物学的基盤が背景をなしていると想定されるが,早期発症と後期発症ではその内実が異なる。早発群では,感情調整の脆弱性を内包した気質をベースに気分変調症が発展し,遅発群では老化に伴う身体的変化や置かれた状況との関連が発症の契機となる。

表1
気分変調性障害(DSMIV)
A.抑うつ気分がほとんど1日中存在し,それのない日よりもある日の方が多く,患者自身の言明または他者の観察によって示され,少なくとも2年間続いている。
B.抑うつのあいだ,以下のうち2つ,またはそれ以上が存在すること。
1.食欲減退,または過食
2.不眠,または過眠
3.気力の低下,または疲労
4.自尊心の低下
5.集中力の低下,または決断困難
6.絶望感
C.この障害の2年の期間中(小児や青年については1年間),一度に2ヵ月を超える期間,基準AおよぴBの症状がなかったことはない。

2-1.早発群

若年発症群では,Akiskalの抑うつ気質(depressive temperament)ないし気分変調性気質(dysthymic temperament)が認められることが多い。この類型はSchneiderの抑うつ人格の臨床特徴に加えて,過眠傾向,軽い日内変動といった生体リズムの特徴を伴う(表2)。また,臨床的な特徴は躁と無関係にみえるが,双極性障害にみられる過眠型のうつ病の症状とも重なり,抗うつ薬によって軽躁状態を呈する可能性があるため,双極スペクトラムに組み入れられる。これは気質という持続的な特性であるが,気分変調症の症状とも共通する臨床特徴を併せ持ち,後者に移行しやすい。

治療に関しては,(大)うつ病に準じ,抗うつ薬を中心とした薬物療法が有効である。ただし,抗うつ薬によって躁転し,いわゆる双極Ⅱ型の経過をとる例などは,ときに境界性人格障害と誤診されることも稀ではない。こうしたケースでは気分安定薬の投与が奏効する可能性がある。

2-2.遅発群

うつ病エピソードが先行することなしに成年期以降に発症する気分変調症である。最近は特に高齢者の気分変調性障害がプライマリーケアの現場で注目されている。Beekmanらが行った高齢者の気分変調性障害に関する疫学的調査によれば,その危険因子は,最近生じたストレスではなく,環境と個人要因の混合ストレスであるという。環境要因としては,交友範囲の小ささsmall networksizeや情動的サポートの欠如,戦時中に受けた破滅的な出来事の長期作用があげられ,個人的な脆弱性としては,女性,家族歴,外的統制(external locus of control)が指摘されている。

したがって,遅発群では,個人的な要因が存在するものの,むしろ置かれた状況の問題のほうが大きく,早期発症の気分変調症に比較して,有効な治療戦略に関する研究はほとんどない。上記のような事情を考慮すると,個人的な治療にとどまらず,患者のQOLを高めるようなソーシャルサポートの充実が望まれる。

他方,後期発症の気分変調性障害の患者は,早期発症の患者に比べて,循環器疾患の罹患率が高いとされ,心血管系の変化が高齢者の気分変調症の発症に何らかの役割を演じている可能性が指摘されている。とはいえ,循環器疾患に罹患したという心理的重みが慢性うつ状態を引き起こすことも否定できない。また,家族歴や不安障害の合併率をみると,後期発症の気分変調性障害は,早期発症のそれとは大きく異なり,むしろ同年代発症のうつ病に近いとされる。したがって,後期発症の気分変調症とうつ病は別の単位というよりも,1つの連続体の一状態であると想定される。

表2
抑うつ気質〔Depressive Temperament〕(気分変調気質(Dysthymic temperament)とも記述される)の臨床特徴
・早期発症(21歳未満)
・間歇的な軽度の抑うつで,非感情病性疾患から二次的に生じたものではない。
・習慣的な過眠傾向(1日9時間以上)
・考え込む傾向,無快楽,精神運動不活発(すべて午前中が悪い)
・シュナイダーの抑うつ者の特徴:
1.陰うつ,悲観的,ユーモアに欠ける,喜べない
2.物静か,受動的,優柔不断
3.懐疑的,過度に批判的,不満が多い
4.考え込む,くよくよしやすい
5.良心的ないし自制的
6.自己批判,自己非難,自已卑下
7.不適切だったこと,失敗,否定的な出来事にとらわれ,自らの失敗を病的に楽しむまでに至る。 

遅発群も,うつ病との関連が想定される症例に対しては,これと同様の薬物療法の適応となる。つまり,SSRIやSNRIを中心とした治療が第一選択である。また,過去に寛解したうつ病エピソードがあって,現在の軽うつ状態に明らかな誘因やストレス状況がない場合も同様の治療となろう。

2-3,慢性ストレス群

すでに半世紀前に,Wiitbrechtが内因反応型気分変調症(Endoreaktive  Dysthymie)という先駆的な概念を提示している。これは,無力的かつ易疲労的で対人関係に敏感な病前性格を持つ人が深刻な精神的負荷状況に長期間曝されることで生じる軽度の持続的な抑うつ状態である。病像としては,自律神経症状を主体とした心気的色彩の強い軽うつ状態にとどまり,本格的なうつ病の深さまでは達しない。その負荷の例として,重度の身体疲労や栄養失調状態,回復の遅い感染症,消耗疾患,手術,出産などの身体的要因や故郷の喪失,拠り所の喪失,職業的社会的地位の変化。愛するものとの離別などがあげられている。

この概念は現在でも有効であると考えられるが,上記の遅発群とも一部重なり,もとより内因の発動が想定されている。その意味では,抗うつ薬もある程度有効であるが,身体疾患の場合には支持的な対応が,深刻な喪失体験が背景にある場合は周囲の物心両面にわたる継続的なサポートが不可欠である。

3.性格因性気分変調症

上記の類型と一部共通した臨床特徴を持ちながらも,生体リズムの変動やレム潜時の短縮など生物学的マーカーを伴わないタイプである。この場合は,薬物療法の効果はあまり期待できない。これを知らずに薬物療法のみに固執すると,いきおい多剤併用になり,ひいてはBenzodiazepine系薬剤の依存を作り出してしまう。患者本人は薬物療法に期待しているところがあって,新薬が出現するたびに,担当医に投与を求める。それどころか,若年者においては,自ら抱えている対人面や仕事面での葛藤を棚上げして,薬剤の副作用を強調したり,治らないのは治療が悪いからだと担当医を攻撃的することもある。こうした症例では,薬物は投与しないか,副作用の少ないSSRIなどの少量投与にとどめたい。むしろ,薬物療法だけでは抑うつ症状の改善は難しいことを自覚してもらうところから治療は始まる。欧米では,否定的な認知様式が抑うつ状態の形成に寄与していると考えられる場合は認知行動療法が,他者との関係のあり方が問題となっている場合には対人関係療法が推奨されている。

ところで,性格因性という場合,自己愛性,回避性,依存性などさまざまな類型がありうるが,抑うつに陥りやすい諸人格には共通した特徴もある。Mundtがこれを抑うつ構造としてまとめ,その一般的な対応についても触れているので,ここで簡単に紹介しておきたい。

抑うつに傾く人たちは,いつも気分がふさいだ状態で,喜びを嫌悪し,悲観的な生活態度をとり,「人生で楽しかったことはない」と考えている。外見上,ある程度うまく適応しているように見えるが,ときに嫌味な態度をとる。彼らは不満足な状態に甘んじることができず,攻撃性を隠蔽し,受動一攻撃的に振る舞う。精神力動的には,特に口愛性,保護のテーマ,しがみつきの欲求がみられる。

彼らは無力性,回避性の人格特徴も併せ持ち,他人に対して共生や依存の傾向がある。また半ば意識的に,欲求不満を体験しているのは周囲のせいだという暗黙のメッセージで家族らに罪責感を生じさせることによって,彼らを操作することがある。こうした無力的な傾向の人が,疲弊することで生じるうつ状態に対しては,急性期では支持療法が基本であるが,急性期後には患者の回避傾向に焦点が当てられるべきである。不必要な退行や甘やかし,治療環境に依存することを避ける必要がある。

また,自分で問題を解決しようとせずに,治療を医療スタッフからの単なる援助とみなしている印象を受ける患者たちもいる。彼らに対しては,自己に対する信頼や建設的な自己主張を促進するような対応が必要である。往々にして,彼らの子供時代には,こうした態度はむしろ否定的に扱われ,両親も何のモデルも提供していなかった可能性があるため,対人関係のあり方,自己像について検討すると同時に,夫婦面接や家族療法も考慮すべきである。

その他,本人の社会適応に問題があって,慢性の抑うつ状態を呈するケースもある。例えば,統合失調性人格障害(schizoid personality disorder)や,アスベルガー症候群などの高機能広汎性発達障害に属する人々は,もともと対人関係の困難さを抱えており,社会への参入後に抑うつ状態を呈することがある。特に後者では,通常の自明な人間関係が理解できないことに加え,あまりに融通が利かず要領が悪いために,職場で不適応を起こし抑うつ的になることも稀ではない。周囲が本人の特性を理解し特別の配慮をしなければ,こうした状態が長引くことになる。この場合は,対人スキルの向上を目的とした社会技能訓練や,仕事の手順を単純化,規則化させ,本人にとって具体的でわかりやすい職場環境を提供する必要がある。

4.おわりに

これまで述べたように,気分変調症の原因はさまざまであり,画一化された治療法はない。うつ病や双極性障害と関連するものは薬物療法が優先されるが,こうしたケースも含め,それぞれの人格や特性,生活史をふまえて,環境にも目配りしたうえで,その都度治療を工夫していく必要がある。

文献
1)Akiskal HS:Dysthymic disorder:psychopathology of proposed chronic depressive subtypes.Am J Psychiatry 140:11-20,1983
2)Akiskal HS,Mullya G:Criteria for the“soft bipolar spectrum:reatmentimprications.
Psychopharmacology Bulletin 23:68-73,1987
3)American Psychiatlic Association:Quick reference to the diagnostic criteria from DSM-Ⅳ.Wilshington DC,1994(高橋三郎,大野裕,染矢利幸訳:DSM-IV精神疾患の分類と診断の手引き.医学書院,束京,1995)
4)Beekman ATF;Deeg DJH,Smjt JH et al: Dysthymia in later life:a study in the community J Affective Disorders 81:191-199,2004
5)Devanand DP Adorno E,Cheng J et al:Late onset dysthymic disorder and major depression differ from early onset dysthymic disorder and major depression in elderly outpatients 78:259-267,2004
6)Mundt Ch:Die Psychotherapie depressiver Erkrankungen:Zumtheoretischen Hintergrund ,und seiner Praxis relevanz.Nervenarzt67:183-197,1996
7)Weitbrecht HJ:Zur Typologie depresiver Psychosen.Fortschr Neurol Psychiat 20:pp247-269,1952
8)WHO:TheICD-10 Classsication of mental and behavioral disorders,1992(融道男,中根允文,小宮山実監訳:ICD-10精神および行動の障害:臨床記述と診断ガイドライン.医学書院,東京,1993)

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