薬剤適応拡大と全般性精神病障害(general psychosis syndrome)2007-12-13
DSMⅤに関係した議論になると、最近は面白い話題がある。
統合失調症、双極性障害、分裂感情障害、短期精神病障害、精神病性うつ病などを包括する「全般性精神病障害」(general psychosis syndrome)の概念が提唱されている。この考え方はネオ・クレペリニズムの終焉、それに代わるネオ・グリージンガリズムの浮上を示唆する。
先日、双極性障害の集まりでもスライドに映し出されていた。
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こうした考えの背景にあるのは、各種薬剤の適応拡大である。躁うつ病、統合失調症、てんかんの、各薬剤の相互乗り入れといってもいい。
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1.てんかん薬→躁うつ病薬、統合失調症薬
バルプロ酸は本来はてんかんの薬であるが、厚労省の認可も受けて、双極性障害に正式に使われるようになっている。
カルバマゼピンは、てんかんの他に、躁病、躁うつ病、統合失調症、ついでに三叉神経痛まで適応がある。
神経細胞の過剰な興奮を抑制するという観点からみれば、躁状態には効くだろうし、統合失調症の陽性症状急性期にも有効だろうとの推定は出来る。
しかし、急性期のみならず、てんかん薬が、病状の安定に役立つようである。
2.統合失調症薬→躁うつ病薬
この分野はアメリカが先行している。
セロクエル、ジプレキサはかなり前からよく使われているようだし、次のような情報もある。
2-1 アリピプラゾール
最近の躁状態または混合エピソードの後に連続6週間安定していた双極性Ⅰ型患者161名を対象に、再発予防に関して非定型抗精神病薬アリピプラゾールの単剤療法とプラセボを比較した。アリピプラゾールは双極性Ⅰ型障害に対する維持療法として有効であった。
2-2 アリピプラゾール
米国規制当局は、現行の治療と併用して抑うつ状態の主要なエピソードを治療するためにBristol-Myers Squibb Coの抗精神病薬エビリファイ(アリピプラゾール)の使用範囲拡大を承認した、と同製薬会社が火曜日に発表した。米国FDAは、症状の一層の緩和を必要とする重篤な抑うつ状態にある成人を対象としてエビリファイの抗うつ療法との併用を許可した。Bristol社は同薬を日本のOtsuka Parmaceutical Co Ltdと共同販売している。
今回の承認は743名の患者が参加した2つの6週間の研究を基にしたものである、と同社は説明した。
2-3 リスペリドン
治療抵抗性を持つ大うつ病性障害患者において、リスペリドンによる増強療法は症状を抑制し、抗うつ薬治療の奏効を高めることがAnnals of Internal Medicine誌11月6日号で報告された。
主研究者のDr. Gahan J. Padinaは、リスペリドンは抑うつ状態の治療用としては承認されていないと述べている。「この研究は、この治療領域の知識をさらに深め、またリスペリドンによる標準的な抗うつ剤治療の効果増強という潜在的ベネフィットに関して理解しやすくするために実施した」とJohnson & Johnson Pharmaceutical Research & Development, LLC(ニュージャージー州 タイタスヴィル)のDr. Padinaはロイターヘルスに語った。
アリピプラゾールが双極性Ⅰ型の維持療法に有効。重篤な抑うつ状態にある成人にエビリファイの抗うつ療法との併用が有効。治療抵抗性を持つ大うつ病性障害患者において、リスペリドンによる増強療法は症状を抑制し、抗うつ薬治療の奏効を高める。
このように並べられると、いろいろと考えざるを得ない。
原因に対して効いているのか、途中を遮断しているのか、最後の部分に効いているのか、間接的に次の階層に効いているのか。
3.統合失調症薬→てんかん薬
これは適応拡大ではないけれども、たとえばセレネースは、てんかん発作を起こしやすくしてしまう。ネガティブだけれど、統合失調症の薬が、てんかん発作に関係しているということで、統合失調症とてんかんはある種の関係があるということになる。昔から、セレネースを入れて危ないときには、カルバマゼピンを入れておくのがお作法だった。現在はもちろん単剤処方である。
4.SSRIの適応拡大
アメリカでは、SSRIやSNRIはますます適応拡大の方向にある。日本ではデパスの適応がとても広いことが有名だけれど、同じくらい広げつつあるようだ。似た現象には、似た背景があるだろう。後発新薬の追い上げもあり、どの薬剤も適応拡大を模索しており、結果として、セロトニン調整薬やノルアドレナリン調整薬が、いろいろな場面で効くのだということが提示されている。
5.遺伝研究
これは先日の集まりで、栗原先生が発言なさっていたことだけれど、薬剤の適応拡大と相互乗り入れ、さらに全般性精神病障害(general psychosis syndrome)の話は、新しい話ではなくて、むしろ古い話なのだという。
家系研究とか双子研究が昔からあって、栗原先生らが、統合失調症とてんかんの遺伝として研究した、同じ症例について、満田先生たちは、非定型精神病として提示した。満田の非定型精神病はいわば全般性精神病障害(general psychosis syndrome)と言えないこともないものである。以来、伝統として、関西では非定型精神病と呼ぶが、関東では統合失調症と呼ぶような傾向もあるらしい。
遺伝研究でも、各疾患の相互乗り入れはあるらしい。
6.新薬の傾向
SDAとかMARTAとか言うように、ひとつの薬剤で、セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンなど、多方面を調整したいという方向がひとつある。これは、原因がはっきりひとつだと分かったなら、それをターゲットにすればいいはずで、そうできないというのは、実は、どの薬剤も、原因に対して効いているのではないと言えるかもしれない。セロトニンとドーパミンを同時に調整する薬なら、当然、適応範囲は拡大するだろう。そうした中で観察を続けてゆくと、最初は異なった病像を呈していたものが、次第に類似の病像に収束することがあるだろう。そのあたりから、グリージンガーが復活する。
7.昔から分かっていたこと
たとえば、レボトミンなどは、少量で、うつ病に効き、大量で統合失調症に効く。自律神経の調整にもよい。またたとえばスルピリドは、少量で胃薬、中等量でうつ病、大量で統合失調症などという工夫がある。メジャーを少量でうつ病に対応するというのは、いろいろな意見があって、アカシジアだとか、脱抑制だとかの見解もある。ひとつの薬剤がいろいろな病気に有効であることは分かったいた。しかしメカニズムが分かっていなかったし、いまだに分かっていない。セロクエルなどの新しい薬も、古い薬と同じように、いろいろと効くことが分かってきているということになる。
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グリージンガーは「精神病は脳病である」”Geisteskrankheiten sind Gehirnkrankheiten.”ということばで有名である。彼は後に単一精神病(Einheitspsychose)と名づけられるようになった考えかたに傾き、精神病の種々な状態像はただ一つの疾患過程がたどる諸段階にすぎず、この疾患過程は脳疾患に由来するものだが、その解明は脳病理学の進歩にまつほかはない、脳病理学によってこれが明らかにされるまではただ症状の共通性や特徴によって疾患群を区別するにとどめるべきである、とした。
わたしが考えるに、「ただ一つの疾患過程がたどる諸段階にすぎず」というのは言い過ぎであって、臓器としての脳には、いろいろな壊れ方があるだろうと当然思うのである。脳のパーツがひとつだけであったなら、それについて、機能亢進と機能低下と、二つの方向で考えれば足りるだろう。しかしそれが階層的に構成されたときには、複雑になる。そしてパーツはもちろんひとつではない。
グリージンガーの功績は、当時の暗黒の情勢の中で、「精神病は脳病である」と言ってくれたことだろう。その他のことは、大目にみてあげたいと思うのだ。
現代的に言えば、「精神病の種々な状態像は、ドーパミン、セロトニン、GABA、アドレナリン、ノルアドレナリン、プロラクチン、その他の各種物質系が多層的に関係し合って形成される疾患過程がたどる、諸段階にすぎない」となるだろう。「すぎない」どころではない複雑さになるけれど。
最近の薬剤の適応指定の拡大状況を見ると、そう感じる。