The primacy of mania 躁状態先行仮説:気分障害再考 2008

この文章は、肝心の元の論文がサイト消滅に伴って消滅してしまった。

話題としては、躁うつ病はなぜお米のか、そのメカニズムの提案である。気分障害または感情病では、躁とうつを繰り返す躁うつ病とうつだけを繰り返すうつ病があると言われてきた。

最近では躁うつ病を(双極症(=双極Ⅰ型、双極Ⅱ型)+うつ病)と分けて考える。

双極症とうつ病を分離するのは主に家系研究である。

しかし発生メカニズムの点からみると、ここで示されているように、躁状態が先行し、その後にうつ状態が現れると考えることでメカニズムが理解できる面があり、大変魅力的である。2008年の論文であるが、これは何か大事なことを言っているのではないかと直感できた。

うつ病だけを反復すると見えているのは観察が足りないのであって、うつ病の前に、躁状態、熱中状態、強迫症状態などがあり、神経細胞は過熱、ダウン、その後の再生と経過し、ダウンと再生のプロセスが、うつ病と観察されるものであると私は考えている。それがうつ病Cである。(2023-10-13記)

躁状態先行仮説:気分障害再考 2008

躁状態先行仮説:気分障害再考

原文はこちらhttp://ssn837555.blog.ocn.ne.jp/ssn837555/2011/07/the-primacy-o-1.html

はじめに

 私は個人的にDAM仮説を提唱していて、それは神経細胞の特性から出発して、躁うつ病やうつ病について、病前性格と症状類型と、さらに治療まで一貫して、現在までのところ矛盾なく説明できている。

301 Moved Permanently

 世界には似たような人もいるわけで、ローマで、同じような話を、神経細胞のことは言わず、病前性格のことも言わず、病気の経過と薬剤の効果と、さらには若干の精神病理学的考察により、論じている人がいる。Athanasios Koukopoulosという人で、いい名前である。そして有名なS. Nassir Ghaemiの名前を載せている。

ナシア・ガミーは色々と著作があるが翻訳されたものとしては「現代精神医学原論」みすず書房・村井俊哉訳(2009)。原著は2007。

 ここでは私のDAM理論に都合のいいところを、かいつまんで紹介することとする。

The primacy of mania: A reconsideration of mood disorders

Athanasios Koukopoulos (a), S. Nassir Ghaemi(b)


(a) Centro Lucio Bini, 42. Via Crescenzio, 00193 Rome,Italy
(b) Mood Disorders Program, Department of Psychiatry, Tufts Medical Center, Boston, MA, USA


Received 6 March 2008; received in revised form 7 July 2008; accepted 13 July 2008

以後の話の要約

 現代の精神医学では、うつ病と躁病は、別の疾患単位として構想されている。躁うつ病の場合、あるいは躁うつ混合状態の場合、躁状態とうつ状態はどのような関係にあるのだろうか。あるいはそれらは単極性うつ病のように、別々に発生する可能性がある。別々に発生している場合は、躁状態とうつ状態は全く無関係にそれぞれで発生しているのだろうか。

 この様に考えるとき、現在の定義では、躁状態の定義は狭く、うつ状態の定義は広いことを思い出す必要がある。一般的に、うつ状態は躁状態よりも明らかで、よく見られ、そして悩みも大きいと考えられている。躁状態はうつ状態と比較すると数少ないもので治療によく反応すると考えられている。「私はうつ状態です」という人は数多いし、めずらしい病気とも考えられないし、薬を飲むことも普通だし、専門家に相談すればそれで問題解決ともならず、その先には環境調整とか家族面接とかの段取りとなり、家族や職場の対応が求められる。一方、「私は躁状態です」という場合、まず周囲は驚くだろうし、どう対応していいか分からないだろうから、まず専門家に相談しなさいということになり、その人が躁状態だから環境調整をしようとかは思わない。薬をのむなり、入院するなり、まず治療して、もとに戻ってから復帰してもらうと考えるだろう。うつ状態は過労や各種ストレスと関係していて誰でもそうなる可能性があると考えられている。一方躁状態は比較的珍しい病気であって、日常生活の自然な延長にあるとは考えられていない。

 私たちはこの逆を主張したい。躁状態は大変数多く見られるもので、気分が良くて動き回る単純なタイプから、いろいろなタイプの興奮性行動まである。そしてうつ状態は、現在考えられているよりも数少ないものだと主張する。

さらに、薬理学的および臨床的証拠をあげ、躁病先行仮説(PM仮説: primacy of mania)を説明したい。私たちは、うつ状態の前に躁状態があると証明したい。その躁状態は、現在考えられているよりも微細でマイルドなものが多いので、診断基準の訂正が必要である。つまり、うつ状態は、躁状態の興奮の結果生じるものという仮説である。もし私たちの説が正しければ、うつ病治療は訂正が必要となる。抗うつ剤で直接に気分を持ち上げるのではなく、躁状態の興奮を静めることが治療の中心となる。躁病先行仮説に対しての予想される反論と、実証的検証の項目について述べたい。

キーワード:双極性障害、マニア、うつ病、予防、抗うつ薬、リチウム、抗精神病薬、気​​分安定剤、ECT(電気けいれん療法)、自殺

1。はじめに

 現代の精神医学では、うつ病と躁病は、別のエンティティ(疾患単位)として構想されている。両者は双極性障害の場合のように同じ人に発生する可能性があ。また、単極性うつ病のように、別々に発生する可能性がある。この考え方は、躁状態の狭い定義と比較的広いうつ状態の定義に原因している。躁状態は、多動であることが多いが、楽しい気分であったりイライラ気分であったり、あるいは眠る必要がなくなるなど、いくつかの症状が、1週間またはそれ以上続くものである。一方、うつ状態は憂うつな気分で、睡眠、食欲、興味、活力などの領域で症状が見られ、2週間かそれ以上続くものである。

疫学的研究および臨床の現場では、うつ状態は躁状態に比較して、症状は明らかで、より数多く見られ、そして困難が大きいと考えられている。躁状態はうつ状態に比較すると、数が少なく、治療が容易と考えられている。私たちは逆の考え方を説明したい。

躁状態は、非常に数多く見られ、気分が高揚して動き回るという単純なタイプのものから、いろいろなタイプの興奮性プロセスとして観察される。一方、うつ病は、より厳密に狭く解釈されるべきだと考える。さらに私たちは躁状態がうつ状態を引き起こすと主張したい。つまり躁状態はうつ状態に先行し、うつ状態の原因となっている、従って、うつ状態を予防するには躁状態を予防すれば良い、というのが躁状態先行仮説である。

 私たちの提案は新しくもあり古くもある。ほとんどの精神科医は、現在の狭い躁状態の定義になじんでいるので、様々なタイプの躁状態の興奮性プロセスについてはすぐには受け容れられないと思う。その点で私たちの提案は新しい。しかしまた現在は躁状態を意味する「mania」という言葉は、古代ギリシャから1960年代まで、現在私たちが考えているよりもずっと広い範囲の精神障害を指す言葉として使われていた。その点では古い。

 躁状態を現在のように狭い意味で考えるか、古くからのように広い意味で考えるか、決着のついていない問題であるが、私たちは検証して結論を出したいと考えている。躁状態に対しての現代的な狭い解釈は、科学的ではないし証拠も乏しい。

いろいろな証拠から、躁状態を精神と身体の興奮状態としてもっと広い定義で考えるべきだと、私たちは考えている。そしてうつ状態はもっと限定して厳密に考えるべきである。

2。背景となる歴史

 ここから便宜的にマニーという用語を使う。日本語の躁状態とは意味合いがやや違うので、そのことを考慮して欲しい。

 2000年以上にわたり、マニーは、精神の病の主要なものと考えられてきた。歴代の精神科医がそれぞれ独自に、しかし一貫してマニーという言葉で精神病の中核を考えてきた。たとえばPinelピネルはマニーを精神病の最も一般的な形と考えたし、Hienrothハインロートはプシケ(Psyche)の根本的な病をマニーとみなした。Griesingerグリージンガーは興奮状態を一部のうつ状態の原因であると考えた。Kraepelinクレペリンはこうした伝統を引き継ぎ、マニーを広い定義で理解した。クレペリンが提案した疾患単位である混合状態(躁状態とうつ状態の混合のこと)や気質診断などは基本的には、興奮状態により分類したものである。クレペリンの時代の後で、マニーは重要と考えられなくなり、かわりにシゾフレニーが重視され、精神分析が興り、DSMIIIの単極性大うつ病が重視される時代へと移ってゆく。最近では双極性障害や気分障害をスペクトラムとして考えることがリバイバルしているが、その中には混乱も見られる。混乱の理由は、現代精神医学がうつ病を広く一般に見られるものであり、それは活力の低下を意味し、うつ病とマニーとは独立のものだと考えるようになったからである。逆のことを私たちは主張したいのであるが、それは、マニーが気分障害の中核となる精神病理であり、うつ病はその結果だという見方である。

 ローマに双極性障害の40年以上に渡る経過観察のデータがある。そのデータと精神薬理学的文献から、広い意味でのマニーを神経の興奮プロセスを原型としてとらえなおし、検証してみたい。私たちが提案するのは「躁状態先行仮説」である。マニーとうつ状態は本質的にリンクしていて、マニーの時の神経の興奮が先行し、うつ病はそれに続発する結果だと考える。比喩的に言えば、マニーは火事で、うつ病は燃えかすである。この論文の前半で躁状態先行仮説を説明するが、薬物療法と臨床精神病理学の二つを根拠とする(表1)。後半では躁状態先行仮説に対する反論を考察し、もしこの仮説が正しかったら臨床的にどのような結論が導かれるのか、論じてみたい。

表1 

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躁状態先行仮説の証拠

臨床精神薬理学

1。リチウムの予防効果

2。リチウムの中止による現象

3。リチウムも、抗てんかん薬も、抗精神病薬もうつ病に対しての直接効果は限られていること

4。抗うつ薬誘発性マニーまたはラピッドサイクリング

臨床精神病理学

1。躁病ーうつ病ー無症状期(MDI)サイクルのパターンとDMIパターンについて

2。躁うつ混合状態

3。患者の主観的な経験

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3。臨床精神薬理学からの証拠

3。1。リチウムの予防効果と中止による現象

 躁状態がうつ状態に先行するとの考えを思いついたのは、継続的なリチウム治療中に躁うつ病が再発する経過の観察による。抗躁病剤としてリチウムは、最初はあまり注目されなかった。その理由は、リチウムが効果的だと考えられるマニーが非常に狭い範囲の限定されたものだったからである。リチウムのマニーの再発予防効果研究の途中で、リチウムがうつ病の再発予防効果もあることが判明した。

Schouスコーはこの臨床観察の重要性に気づき、Baastrupバストラップとともに画期的な研究を行い、リチウムは躁うつ病のすべての症状に対して予防効果があることを示した。抗躁薬によりうつ病の予防ができることは驚きを持って迎えられた。そして同じことが、抗てんかん薬でも抗精神病薬でも起こった。

説明として推定されたのは、リチウムは、躁病治療作用を介し躁病予防効果を発揮するのと同様に、抗うつ作用を介してうつ病を予防するということである。しかしながら、リチウムの躁うつの気分循環に対する予防効果については強い証拠があるものの、リチウムによる直接の急性抗うつ効果はまだ検証されていない。1.0mEq/L程度の高い血清薬物濃度ではうつエピソードの延長が見られる可能性も報告されている。これはリチウムが抗うつ効果そのものは持っていないのではないかと推定させる材料である。また治療抵抗性うつ病に対して抗うつ剤へのリチウム増強療法が有効であることも報告されている。これはうつ状態に対して直接効果があることを推定させる材料である。

しかしながらこれら多くの研究はDSMⅣ以前のものであって、従ってこのうつ状態の中には双極Ⅱ型が含まれている可能性がある。DSMⅣ以後の研究、特にSTAR-Dでは、リチウム併用による抗うつ剤強増作用は強くはないと示されている。最近のメタ解析ではリチウムはうつ病よりも強く躁病を予防すると示されているが、一方で、リチウムはうつ病を予防しないと示されているわけではない。実際、プラセボに比較して、うつ病の予防効果は顕著に高い。つまり、躁状態が起こるからうつ状態になり、リチウムは抗躁効果を介して抗うつ効果があるらしいということになる。

 ローマグループが示したところでは、リチウムがマニー相を抑制しないなら、マニーにひきつづくうつ状態の抑制効果はない。しかしながら、リチウムがマニーのエピソードを弱める場合には、マニーに続くうつ状態のエピソードは短くなった。マニーが完全に予防された場合には、うつ状態は起こらなかった。

 ひきつづいてローマグループが示したところでは、マニーで始まる循環病患者は、うつ病で始まり、次にマニーまたは軽躁状態になる循環病患者よりもリチウムの予防効果が高かった。この観察は引き続き検証確認されている。

 この観察に対しての最も一般的な説明としては、双極性障害の中にも特殊なサブタイプがあり、それは躁状態からうつ状態に変化する循環病の経過が特徴で、リチウムによく反応するというものである。別の説明は私たちのもので、リチウムは躁状態をうつ状態よりもよく予防し、したがって、それに引き続くうつ状態を回避するのに役立つというものである。

 予防における抗躁効果の重要性は、リチウム中止研究から得られる。多くの研究グループが示したところによれば、リチウムの急激な中止は、うつの再燃ではなく、マニーの再燃をもたらす。この観察からは、マニーはリチウム中止のリバウンド現象であると考えられる。論理的に考えれば、もしある薬剤中止によるリバウンドがマニーの形を取るのであれば、その薬剤の効果としては抗躁的作用であるはずである。

 まとめると、リチウムは急性躁状態に対して鎮静効果があり、さらに将来の躁状態を予防する効果がある。従って、うつ状態を予防することがある。急性うつ状態に対して効果があるように見えるのは、私たちの診断学がうつ成分とマニー成分を充分に区別していないせいだろうと考えられる。リチウムは「うつ状態」の中のマニー成分を鎮静しているのであって、そのことによって病像が変化し、結果として、「うつ状態」に効果があったと見えるのだろう。

3。2。抗てんかん薬

リチウムと同様に、抗てんかん薬でも抗躁効果が最初に発見された。抗てんかん薬は現在ある躁状態を鎮静する。そして後に、躁状態に対してもうつ状態に対しても予防効果があることが分かった。ラモトリジンを含む、少なくともいくつかの抗てんかん薬は、即効性の抗うつ効果があると考えられているが、うつ状態を改善する薬効は実際は弱いものであって、うつ状態の予防効果のほうが優れている。ラモトリジンの場合には、たくさんの未発表論文で単極性でも双極性でも、いずれの場合でも、急性のうつ病には効果がないことが報告されている。この場合、効果がないと解釈せず、別の説明の仕方もある。たとえばラモトリジンはゆっくり薬を増やしていくので8週間の研究では効果を確認できないなどの説明である。しかしながら、ラモトリジンは双極性障害での急性うつ病の場合に有効性を示せないとの研究報告が続いている。

 その代わりに、ラモトリジンは、強い予防作用を持っていることは明らかであり、躁病とうつ病の両方に対してプラセボよりもずっと優れた予防効果を持っている(相対的に躁よりもうつ病の場合に予防効果が高いようであるがこのあたりも診断学と関係している可能性がある)。リチウムと同様に、うつ病エピソードに対するラモトリジンの長期的な利点は、直接的な抗うつ作用によるのではなく、躁状態は予防効果を介したうつ状態予防効果によるのだろうと思われる。こうした急性効果と予防効果との違いは、ラモトリジンの抗うつ効果が他の抗うつ剤の急性作用と同質のものと考えているのでは説明できないのだが、躁状態先行仮説にはぴったり一致する。つまり、うつ病エピソードの予防効果は、急性抗うつ効果とは別の独特のものと見える。これとは対照的に急性躁病は鎮静できる。もしある薬剤がうつエピソードを予防するならば、まずマニーを予防しなければならないのだと考える。

 つまり、ラモトリジンは急性躁状態に有効で、さらに躁状態の予防効果を持ち、そのことを通じて、うつ状態の予防効果を持つ。うつ状態を単独に治療したり、予防したりするのではない。このことは躁状態を予防すればうつ状態を予防することができるという意味である。

1。急性うつに対する効果   2。うつ予防効果

3。急性マニーに対する効果  4。マニー予防効果

これらを区別して、どのような順序で発生し、どのような因果関係になっているのか、考えると、躁状態先行仮説になる。

3.3。抗精神病薬

 非定型抗精神病薬に関しての、躁うつ病の分野での標準パターンは、まず躁病について有効であることが示され、ついで予防に使用されるという経過である。これら薬剤は抗うつ作用も持っていると言われている。特にオランザピン/フルオキセチンの合剤やクエチアピンがそれにあてはまる。用語としては「非定型抗うつ薬」が提案されたが、その効果の証拠はその薬剤の抗躁効果に比較すると弱いものである。多くの研究はオランザピンは急性期うつ病には単剤では効果がないか、または効果が少ないと報告している。オランザピン/フルオキセチンの合剤の抗うつ効果はオランザピンよりはフルオキセチンによるものと考えられる。クエチアピンに関するデータによれば純粋なうつ病に関しては効果ははっきりしない。

むしろ、躁うつ混合状態についてのDSMⅣの極端に狭い定義と、それに対応して大うつ病の広い定義を採用するとすれば、抗うつ作用と見えているものは実は混合状態やアジテーションに対して、つまりマニー成分に対して薬剤が効いているせいかもしれない。混合状態や焦燥の強いうつ状態ではDSMⅣの基準を全部満たすものではないことが多いのだが、その場合、マニーの要素を指摘することができる。その特徴は、運動興奮、イライラ、抑制欠如、内的緊張の高まり、速度の速い思考、理由のない怒り、多弁、入眠困難、気分易変性、大げさな嘆き、精神病性の痛みなどである。こうした興奮性の症状があることに加えて、躁うつ混合状態と純粋うつ病エピソードには経過の違いがあり、躁うつ混合状態では30%がうつ状態になる。軽躁状態になるものはまれで、しかも、純粋うつ病と異なり、抗うつ剤はしばしばイライラを悪化させ、うつが中心の混合状態のマニー部分を悪化させる。

 大うつ病エピソードの中でイライラ/混合抑うつ症候群の割合は単極性または双極性うつ病エピソードの19から44%と見られ、無視できない割合となっている。これが正しいとすると、この割合の大きさは、大うつ病の臨床試験のときに重要になる。そのような混合状態の存在は、抗精神病薬に見られるうつ病に対しての有効性の一部を説明するだけでなく、純粋なうつ病に対する抗うつ薬の本来の効果を低く報告することになる可能性がある。

 実際、抗精神病薬を使用した場合の抗うつ効果の観察は、新しいものではないし、非定型抗精神病薬に固有のものでもない。三環系抗うつ薬と従来の抗精神病薬とプラセボとのランダム化比較試験のレビューが34本あるが、典型的な抗精神病薬は一般的に「混合性不安・抑うつ状態」に有効である。そして私たちの主張であるが、現在我々が呼んでいる「うつ病」の症状の中にはマニーの症状が混在していて、そのことが抗精神病薬の「抗うつ」効果と関係しているのだろう。そのような抗精神病薬が純粋なうつ病でマニー要素が全くない場合にも有効なのか、まだ研究されていない。

 このあたりについては、うつ病とは何かの問題になる。抗うつ剤だけが有効で、抗てんかん薬も抗精神病薬も無効であるような状態を、純粋うつ病と定義できるに過ぎないのかもしれない。疾病単位については、薬剤と関係なく厳密に決定できるようにして、その上で、薬剤の有効性を検証する必要がある。

 しかし概念的には興奮性要素をマニー要素と見て、そこにはリチウム、抗てんかん薬、抗精神病薬が有効であるはずと診断するのは意味がある。その観点で、精神病理学や精神症候学が洗練されてゆくことが期待される。

3.4。抗うつ薬誘発性躁病またはラピッドサイクリング

 疑いなく、抗うつ薬の役割は、双極性障害の臨床治療の中で最も物議を醸す問題である。私たちは双極性障害における抗うつ薬の長所と短所をここで完全かつ説得力のある議論を提供するつもりはないが、要約すると、RTCから得られる結論は次のようなものだろう。

最初に、抗うつ薬は最近のメタ解析において無治療(プラシーボ単独)または抗精神病薬(olanzapine)と比較して急性期うつ病に効果的であることが示されたけれども、抗うつ薬は治療レベルのリチウムのまたは他の気分安定薬よりも急性の大うつ病エピソードに対して有効であると、まだ証明されてはいない。最近のものでは、NIMHが提案するSTEP-BD(Bipolar Disorderのための系統的Treatment Enhancement Program)があり、やはり抗うつ薬がより有効であることの証明はなされていない。

第二に、同じメタ解析の偽薬対照試験で、抗うつ薬誘発性躁病の証拠はなかったのだが、実は他の医薬品と比較して三環系抗うつ薬(TCAs)で、抗うつ薬誘発性躁病が存在する証拠がある。

第三に、双極性障害の気分変動の予防に関しては、三環系抗うつ薬も、セロトニン再取り込み阻害剤を含めた新規抗うつ薬も、有効性がないことが繰り返し示されている。有効であるという観察データも存在するのだが、無作為化されたデータをエビデンス・ベイスト医学の立場で解釈していくのがいいだろう。

第四に二つの無作為化研究だけがこの問題を論じているのだが、抗うつ薬は躁うつ病のラピッドサイクラーに関係し、さらにうつ病のラピットサイクラーと関係している。これに反論する無作為化データは見当たらない。事後解析でポジティブに出てもネガティブに出てもあまり意味はない。このあたりの解釈は慎重を要する。

 このような次第で、科学文献を客観的に読めば、抗うつ剤の有効性と安全性に疑問が生じるのではないかと私たちは考えている。

 研究的な設定をして観察される臨床的知見は、抗うつ薬に関する様々な意見の一部を説明してくれるかもしれない。ローマのグループの観察経験ではエピソードとエピソードの間の症状のない時期に、あるいは興奮期の始まりに、気分安定剤を使用すると予防効果を維持しやすいように思われる。しかし、同じ気分安定剤を大うつ病の急性期に使用すればずっと効果は乏しいものになる。このことは普通は気分安定薬には大うつ病急性期への効果はないのだと解釈されるのだが、別の解釈もできて、それは私たちの躁状態先行仮説で言うと、うつ病はうつの時期に直接治療するのではなく、マニーを予防するか、マニーを治療することで、間接的により容易にうつ病治療ができることになる。

 抗うつ薬を慎重に使用するといっても、気分安定剤を積極的に双極性障害の急性うつ病の患者に必ず使用する必要があるというのではない。むしろ、ローマグループのアプローチは、急性大うつ病エピソードの間に気分安定剤の投与量を減少させる。気分安定薬はしばしばうつ状態を引き起こすからである。その後、うつが解消されない場合は、抗うつ薬を追加する。しかしながらポイントは、一旦急性期が終わったら、抗うつ剤は中止して、気分安定薬を増量する。治療困難例ではローマグループは積極的にECTを使用する。そして患者がいったん正常気分になったら、気分安定薬にによる攻撃的な治療を続ける。こうした予備的観察結果に対して確認または反証の実証研究が必要である。

 この観点では、正常気分の期間は、アルキメデスが世界を持ち上げるてこのようなものである。それを得ることができれば、私たちは、はるかに効果的に気分安定剤の予防効果を発揮することができる。しかし、ほとんどの臨床医は、急性の気分エピソードの治療に焦点を当てるだけだ。そして正常気分が達成されたとき、彼らは抗うつ薬を継続するだけだ。多くの場合気分安定剤の使用を減少させる。そのことが効果的な長期的な予防効果の可能性を最小限にしてしまう。

4。臨床精神病理学からの証拠

4。1。躁病 – うつ病 – 無症状期の周期(MDI)のパターン

 DMIのパターンよりもMDIのパターンが治療によりよく反応する。この観察は、躁状態先行仮説によって説明できる。マニックエピソードはたとえ急激な発症であっても、数日から数週間の前駆する症状興奮症状がみられるので、リチウムまたは他の気分安定剤を使えばしばしば容易に制御できる。

4。2。躁うつ混合状態

 また、混合状態は、私たちの躁状態先行仮説が正しいことを示すよい証拠である。一つか二つの躁状態の症状を含む、不快気分のマニーやイライラするうつ状態などを考えて、混合状態の定義を少し拡大すると、実証的文献によれば、急性躁病エピソードの約半分以上、大うつ病エピソードの半分程度、混合状態に属するものと考えてよい。純粋な躁病と純粋なうつ病は、混合状態よりも数少ない。うつ状態にみられる部分的な興奮は躁状態先行仮説では容易に説明できるが、古典的な双極性/単極性の二分法では説明が難しい。

4.3。双極性障害を持つ人の主観的な経験

 別の証拠は、双極性障害患者とその親族から直接もたらされる。マニーのあとにうつ状態を体験する人が多く、逆は少ない。この点に関する文献は膨大である。たとえば、Jamisonは「心と気分の高いフライトを放棄することは困難でした。それに続いてうつ状態が必然的に起こり、ほぼ生涯にわたり苦しめられるにもかわらず」と書いている。別の例では、双極性障害を持つ作家が「光り輝くエクスタシーに恋焦がれるのだが、それに続いて大きなうつ状態が続いて来るのを私は知っているので、もう諦めている」と書いている。

5。躁病先行仮説への考えられる反論

 このような概念的なレビューではどのようにしても懐疑論者を完全に説得的できないので私たちは次にいくつかの考えられる反論に対してコメントしてみよう。

表2 

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躁状態先行仮説への考えられる反論

1。単極性うつ病妥当性

2。うつ病ー躁病ー無症状(DMI)サイクルパターン

3。軽躁病の利点

4。抗うつ薬中止で誘発されるマニー

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5。1。単極性うつ病

 おそらく、躁状態先行仮説への主な反論は、すべてのマニーの要素を除外することができたとして、単極性うつ病の存在と妥当性である。単極性うつ病は興奮現象がない点で双極性障害のうつ状態とまったく違うと言うこともとりあえずできる。しかしまた、第一に、発揚性気質人の単極性うつ状態( unipolar with hyperthymic temperament : U H-T)またはBPⅣの単極性うつ状態が考えられる。この場合には明確にマニーの形をとらない単極性うつ病の形になるが、微細に観察すればマニーの要素がある。第二に、一見したところ単極性うつ病の場合、ストレスフルなライフイベントが先行していることがあり、ストレスフルなライフイベントは、主観的な不快気分と睡眠障害を引き起こし、他の軽躁状態の症状が見られないときにも活動性の上昇を伴っている。明確な程度のマニーではないがかすかにマニーである。こうした時期は、後のうつ状態の原因となるもので、「軽躁等価物」と呼んではどうかと提案したい。感情的な混乱、多動、睡眠の減少などがしばしば伴う。その際に敏感な人々はマニーや軽躁状態と同じような神経の消耗とその後の抑うつを経験する。第三に、多くのうつエピソードは、大きな不安やパニック、すなわち、神経の覚醒に伴う現象の後に起こる。このタイプのうつ状態は不安関連神経興奮と関係していて、「不安関連うつ状態」と名付けることができる。したがって、マニー様の症状を広く定義すれば、単極性うつ病の概念は、ストレス状況とも「軽躁等価物」とも関係なく発揚性基質とも関係なく起こり、不安とも関連していないものになるはずで、現在の拡大混乱したDSMⅣの定義よりもずっと狭く限定されたものになる。CassanoとそのグループはDSMⅣで現在反復性単極性うつ病と診断される人が人生を通じてみるとマニーまたは軽躁状態を経験していることが非常に多いことを見いだしている。反復性単極性うつ病もBPⅠもマニーと軽躁状態の症状の数はうつ状態の症状の数に関係していて、マニーと軽躁状態の症状の数が多いと経過が良くない。マニー様の症状を広く考えることは、反復性単極性うつ病へのリチウムの顕著な予防効果によって支持されている。リチウムは単極性うつ病の気分エピソード再発抑制に有効であり、自殺を予防する。リチウムがこのように効果的である理由を考えると、単極性うつ病と考えられているものの中にマニー要素が混入しているからだと理解できる。診断を精密にして、神経の興奮要素を微細に把握すれば、リチウムが効果的である症例がわかる。単極性うつ病について、広い定義がいいか狭い定義がいいかはマニーの定義を広くするか狭くするかという問題でもあり、クレペリンはマニーを広く取ったし、私たちもそうしようと主張している。一方、マニーの定義を狭く考えるのはカールレオンハルトやDSM – IIIである。 

5。2。うつ病ー躁病ー無症状(DMI)サイクル

 双極性障害を持つ人の約25%に、うつ病のあとに、軽躁病またはマニーが起こっているという、躁状態先行仮説と矛盾するように思われる観察がある。躁状態ーうつ状態(MDI)の順であれば躁状態先行仮説の通りである。しかしながらDMIタイプの患者の約80%がBPⅡで、半分は興奮しやすく不安定な気質の持ち主である。さらに、双極性障害で初回エピソードがうつ病の人は初回エピソードが躁病の人の1.5倍いる。しかしそれは本人の回顧に基づいており、軽躁状態では特に否認や忘却が多く見られる。あるいはうつ病の人は否定的に自分の過去を思い出し、うつ病ではなかった時期をもうつ状態であったと悪く評価してしまう。子どもたちに関しての前向き研究によれば、DSMで定義されたうつ状態のあとでマニーが起こっている。しかし不安やイライラがしばしば顕著であり、私たちがマニーの広い定義に含めているような種類の興奮性行動が見られている。そのような患者ではうつ状態は双極性サイクルの本当の始まりではなく、ブルーな気分から出るものでもなく、うつ病エピソードはしばしば気分の不安定な時期のあとに起こっている。あるいは、ライフイベントに関係しての感情興奮ストレスのあとに起こっている。それはポジティブなことも、ネガティブなこともある。あるいはカフェインのような刺激剤を使ったあとに起こっている。不規則な睡眠パターンのあとでも起こる。このようなうつ状態のあとに続く軽躁状態/マニーでは、抗うつ剤と関係している場合も多い。

5.3。軽躁病のメリット

 考えられる反論として次のようなものがあるだろう。多くの患者は単に高揚気質であって、反復するうつエピソードを呈さないタイプではないか。反復しているとDMIのパターンになることもある。反復しないなら、MDIのパターンになるはずである。また、たとえうつ状態が躁状態に続くとしても、軽躁状態は現実に有利な点もあり生産的でもある。患者はこうした豊かな時期を愉しめばいいだろう。軽躁病で有害と有益の境界ははっきりしていない。アキスカルならダークな軽躁と晴れの軽躁と言うところだろう。しかし軽躁の有利さはふつう一時的なもので、うつ状態のリスクは往々にして慢性的である。

5。4。抗うつ薬の中止

 抗うつ薬誘発性躁病は躁状態先行仮説とよく一致するが、抗うつ薬の中止に引き続くマニーは、躁状態先行仮説に一致しない。前者はより一般的に見られるもので、薬剤によっては50パーセントという報告もある。後者が起こるのは5-10%と報告されている。抗コリン性リバウンドなどのような、その他のメカニズムが、抗うつ薬中止関連マニーと関係があるらしいが、発生頻度は低い。

5.5。躁状態先行仮説の実証試験

 躁状態先行仮説は、完全無欠ではないし、人によってはこの理論は科学的ではないと主張する。科学理論は検証可能な予測をすべきだと思うので、躁状態先行仮説は次のような検証をした後に採用されたり棄却されたりすべきものと思う。次の仮説はどれも将来RCTで検証出来るだろう。

1。躁病エピソードの終わりと次のうつ病エピソードの始まりとの間の間隔は、うつ病エピソードの終わりと次の躁病エピソードの始まりとの間の間隔よりも短いはずである。 

2。リチウムまたはラモトリジンのような気分安定剤の予防効果研究は、これらの薬剤が治療の急性期ではなくて、正常気分の時に始められた場合により有効である。

3。気分安定剤は、純粋な大うつ病エピソードの治療でプラセボに比較して有意な効果がない。その際の純粋なうつ状態とは、不安あるいは躁症状がない、そして発揚性気質を持つ人を除くものである。逆に、抗うつ薬は純粋な大うつ病のときに有効となる。

4。抗うつ薬は混合状態のうつ病、または発揚気質に見られるうつ病、または軽躁等価物に関係するうつ病の人に効果がない。逆に気分安定剤や抗躁薬はそれらの場合に効果的である。

5。気分安定剤は、双極性うつ病と同様に単極性うつ病の予防に、抗うつ薬よりも効果的である。

6。臨床的意義

 躁病がはうつ病に先行しているとする考えは、現在の疾病分類学で言えば座りが悪い。純粋に実用的な観点から、うつ病はマニーに比較してより数多く、慢性であり、治療が困難であるが、気分障害の主要な臨床上の問題であることは確かである。しかしもしマニーを、神経の興奮を原型として考えるように、より広い定義でとらえるなら、軽躁状態、混合状態、発揚気質、循環気質、いらいら気質などもまた全く普通に見られるものになる。もしこうした状態がうつ状態を引き起こすなら、うつ病の治療に当たっては、こうしたマニー様の症状にもっと注意を払う必要がある。

 うつ病の治療における薬剤選択は拡大し続けているものの、NIMHのSTAR-Dのような、最近の最良の研究でも、寛解率はあまり良くないし、オープンラベルの急性期治療で著明に良くなるのは三分の一に過ぎない。長期治療の場合は、効果が不十分な場合には次にどの薬という具合に順番が決まっているのだが、1年の経過で見て、スタンダードな抗うつ薬を用いて単極性うつ病が寛解に至るのは40%に過ぎない。RTCに比較して現実の治癒率はもっと悪いのだから真剣に対応を考える必要がある。

 STAR – Dの結果はまた、完全に安心はできない観察と疫学的調査結果を提供します。例えば、抗うつ薬が自殺の原因となるのか、自殺を防止するかどうかについての文献は様々である。一方、リチウムには自殺の予防効果があることは論文でも一貫して示されている。また、生態学的データは抗うつ薬使用の増加と相関して自殺率が低下していることを示している。ここに因果関係があると見る人もいるし、そのことを疑問視する研究もある。

 イライラするうつ病を混合状態として診断し適切に治療することがないので、自殺は試みられ実行されてしまう。抗うつ剤はそうした混合状態を引き起こすことがある。特に双極性障害なのに単極性障害と誤診された場合にそうなる。この事実そのものが、小児思春期の抗うつ剤による自殺の危険を説明する。

 さらに、臨床において、気分障害が実際に増加しているのかどうかよく分からない。抗うつ薬や製薬会社が元凶だと言うのは容易だが、しかし、問題は私たち臨床家の薬の使い方にもある。精神薬理学の偉大な創設者Frank Ayd は賢明にもアドバイスしている。精神薬理学と神経科学における私たちの進歩は我々に偉大な道具を与えた。臨床家はまだその使い方を知らず、強力な自動車と免許を与えられたが、運転のしかたについての充分な経験がない。もし躁状態先行仮説が正しければ、興奮を予防しないから、結果が悪いのである。

8。まとめ

 私たちの躁状態先行仮説によれば、うつ病は、躁病、軽躁病、軽躁同等物、および不安のような神経の長期の覚醒状態の結果となる。この仮説では、双極性と単極性うつ病とは本質的に違わないと見る。単極性うつ病の場合には、これまでの診断学的習慣として、軽躁等価物や不安をマニー成分と見ていなかっただけである。それをマニー成分と見れば、単極性うつ病は双極性障害と同じ見方ができる。気分安定剤による継続治療だけでなく、ストレス要因を減らすためにライフスタイルを設計すれば、神経興奮を減衰させ、将来のうつ病の発生を防ぐことができる。

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