自己愛性人格構造が基盤にある症例について
臨床精神医学30 (5) : 533 – 537, 2001
自己愛性人格構造が基盤にある症例について
一境界性人格水準と神経症性人格水準にある2 症例を通してー
小野和哉 牛島定信 ほか
抄録: われわれは, ひきこもりと激しい攻撃性などの衝動性の突出を特徴とした自己愛人格を基盤とする症例を経験したことから, DSM -IV に記載されているような, いわゆる定型的な自己愛性人格障害例と比較して, これらの症例を人格機能水準の観点から考察した。DSM -IV の診断基準を満たす定型例では, 一定の社会的活躍を果たすものの特権意識が強く, 社会の中での適応が困難となっていた。背景病理としては, 母親との共生関係は不十分ではあるが維持され, 人格機能水準は神経症水準にあった。一方, ひきこもりと衝動性(攻撃性) を特徴とする症例では, 社会への適応自体が困難であった。背景病理としては,母親との共生関係は欠如し, 内在化されない誇大自己が根底に存在することが示唆された。また, 同一性の混乱が強く, 人格機能水準としては境界水準に相当した。自己愛性人格障害のサブタイプでは, 前者は無自覚型に, 後者は悪性の自己愛型に該当すると考えられた。
Keywords : 自己愛性人格障害(narcissistic personality disorder) , 無自覚型自己愛(oblivious narcissism) , 過剰警戒型自己愛(hypervigilant narcissism ) , 悪性の自己愛(malignant nar cissism )
(2001 年3 月15 日受理)
自己愛の研究は, Freud 以来, 主に精神分析
の分野において展開されてきたが, 疾患単位とし
ての自己愛性人格障害は, KohutやKernberg
をはじめとした精神分析学派の精力的な研究の後
に, 1980 年のDSM -Ⅲの診断分類に登場している。
しかし, 自己愛性人格障害の臨床像は, 境界性人
格障害などと比較していまだ不明瞭であり, その
概念も多くの精神科医の問で共有されているとは
いいがたい。このことは, 前述したように, 自己
愛性人格障害とは, 本来, 治療経験( 治療者一患
者関係における展開状況) から導き出された精神
力動的概念であり, 現象学的操作的診断分類であ
るDSM 診断とは必ずしも一致しないことに起因
するものと考えられる。さらに, 自己愛の病理
や臨床像が文化, すなわち国によって異なること
も, この問題を複雑にしている一因であろう。こ
のような精神医学における問題を残すものの, そ
の一方で, 現代社会は健康な自己愛を育みにくい
といわれて久しい。わが国においても, 近年, 自
己愛の問題(未熟な自己愛) を背景に持つ症例が
増えてきたことを示唆する報告がある。しかし,
同時に, 自己愛のどのような病態を自己愛性の障
害としているのか, 明らかにする必要があるとの
指摘もある。
そこで今回, われわれは, ひきこもりと, 激し
い攻撃性などの衝動性の突出を特徴とした境界水
準で機能する自己愛人格を基盤とする症例を経験
したことから, DSM -IV に記載されているような
いわゆる定型的な自己愛性人格障害例と比較し
て, 自己愛人格スペクトラムの観点から本症例を
考察することとする。
[症例1] 34 歳, 男性, 会社員
主訴: 会議を前にすると動悸, 悪心, 嘔吐, 気
分不快が生じる。
診断(DSM -IV) :
I 軸適応障害, 鑑別不能型身体表現性障害
Ⅱ軸自己愛性人格障害
家族歴: 兄弟・姉妹はない。独身。
既往歴: 特記事項なし。
生活歴: 幼少期より両親の喧嘩が絶えず, 自分
が母親を守らなければいけないと思っていた。小
学校5 年時, 母親は患者を連れて家を出た。その
後, しばらく不登校となった。中学時, 両親が離
婚。1 年後に母親が再婚したが, 義父との生活は
居心地の悪いもので, 常に自分の感情を押し殺し
た生活をしていた。義父から経済的援助が得られ
ず, 大学進学を断念し, いくつかの会社に就職し
た。しかし, 配属部署が希望とは異なる, 自分に
理解できない専門的な話が出るなどの理由で, い
ずれも数年間で退職した。
現病歴: 3 0 歳時に, コンビニエンスストアに
店長として就職した。仕事は多忙であったが全力
で頑張っていた。しかし, 若い職員の基本的態度
の悪さに怒りを感じるなど, 従業員との間はぎく
しゃくすることが多かった。しだいに店長会議
の前に動悸, 悪心, 嘔吐, 気分不快が出現するよ
うになった。その後, 業績不振店舗に立て直しの
ため派遣され, 140 % 増しの利益をあげた。しか
し, 持続する緊張感, 疲労感のため近医受診し,
その後, 店長職を辞し, 当院紹介され入院となっ
た。
入院時所見: 動悸, 悪心, 嘔吐, 気分不快, 疲
労感, 不安, 抑うつ状態。
入院後経過: 入院当初, 超然とした態度で, 自
分の内面を語ろうとはせず, 「この病院の職員は,
無機質で冷たい感じがする」と語っていた。外泊
時には決まって帰院時間に遅れたが, 悪びれた様
子はなかった。その他, 歯石の取り方が悪いと言
って歯科担当医を替えさせながら, 次回受診日を
勝手にキャンセルする, 外出中ファミリーレスト
ランでの食事に異物が混入して歯が欠けたと賠償
請求するなどの行為があり, これらに対して自己
の正当性を主張した。また, 患者は, 幼女をレイ
プするコンピュータ・ゲームのマニアであること
が明らかとなった。その後, 主治医交代を要求し,
指導医が2 回面接した。その場面では, 幼少期の
話で涙を流したり, 指導医を理想化する発言がみ
られた。最終的には, 復職予定日に合わせ予定通
りの退院となった。
[症例2] 2 1 歳, 男性, 学生
主訴: ひきこもり, ゲームヘの耽溺, 衝動的な
暴力行為。
診断(DSM -IV ) :
I 軸特定不能の衝動制御の障害, 社会恐怖
( ひきこもり)
Ⅱ軸特定不能の人格障害
家族歴: 兄弟・姉妹はない。独身。
既往歴: 特記事項なし。
生活歴: 母親が脊髄空洞症の入院治療のため,
6 歳まで父親と祖母に育てられた。母親が不在の
生活は寂しく, 母親は絶対的な存在と感じていた
という。7 歳の頃から母親が車椅子で自宅に戻っ
た。母親に甘えたかったが, 激しく叱責されるこ
とが多く, 母親から拒絶されたと感じた。母親に
対する思慕の念と拒絶された思いが交錯してい
た。父親は会社人間で存在感が薄かった。
現病歴: 中学2 年から放課後, ゲームセンター
で4 時間ほど格闘技のゲームに熱中するようにな
った。ゲームの中で相手を叩きのめすと高揚感を
感じた。また, 同級生と口論が絶えなかった。
高校時代, 偉くなりたいという気持ちが強かっ
たが, 何を目指しているのか分からなかった。
高校卒業後, 親の勧めで予備校に入学したが,
家にひきこもるか, ゲームセンターで精根つき果
てるまでゲームをする生活となった。ゲームセン
ターで喧嘩となり, 相手に怪我を負わせ警察ざた
となった。同時に, “人生を無駄にしてきたと
いう自責感が強く, 死にたくなることもあった。
家族の勧めでB 大精神科受診し, 当院紹介され入
院となった。
入院時所見: 理想は高いが, 現実に何をしてよ
いのか分からない。慢性的に空虚感を感じる。家
にひきこもるか, ゲームに熱中するかの生活を変
えられない。そのような中で, ときに攻撃性が突
出する。
入院後経過: 入院当初から「異常がないので,
入院の必要はない」と話した。また, 「小さい頃
から我慢のしどおしで, 中学の時は友人関係も悪
くなり, 母親も入院してどうしようもなくつらか
った。その頃何かが切れた感じがしてゲームをす
るようになった」と語った。「自分は小さい頃か
ら母親と離れていた。今回, 家から離れたことに
よって, 小さい頃の不安が再現されている気がす
る」と退院要求が強くなったことから外泊を行い,
入院継続の有無につき考える機会を持った。しか
し, 本人の意志は変わらず, 父親も本人の意志を
尊重したことから退院となった。
3.考察
表1 は, 症例1 と2 を比較してまとめたもので
ある。D SM -IV の1 軸診断に示されるように, 症
例1 では, 社会の中での適応が困難になったこと
によって症状が発現しているのに対して, 症例2
では社会への適応自体が困難で, 衝動性の高さが
特徴的である。生育歴に関しては, 症例1 では両
親の不和, 離婚, および母親の再婚相手との不良
な関係のもとで育った。しかし, このような中で,
症例1 では, 母親は離婚後患者を連れて家を出る
など, 患者と母親の共生関係は十分とはいえない
ものの, 基本的に母親との関係は維持され, 母親
からのとりこみはあったものと考えられる。一方,
症例2 では, 幼少時に母親が不在で, 母親との同
居後も慢性疾患を有した母親は心理的に余裕がな
く, 父親の存在も希薄であり, 子どもの誇大自己
の照らし返しの欠如があったと考えられる。次
に, その後の社会適応や症状形成を比較すると,
症例1 では一定の社会的活躍は果たすものの, 絶
えず賞賛を求め特権意識が強い一方, 傷つきやす
表2 自己愛性人格障害のサブタイプ
無自覚型 oblivious narcissism
他者の反応に無頓着
高慢で攻撃的
注目の中心であろうとする
送信者であるが受信者ではない
他者に傷つけられる感情をもつことを受け付けない
過剰警戒型 hypervigilant narcissism
他者の反応にひどく敏感
抑制, 恥ずかしがり, 目立つのを避ける
注目の中心になることを避ける
他者の話に軽蔑や批判の証拠を注意深く探す
容易に傷つけられる感情を持つ:恥と屈辱の感情を起こしやすい
悪性の自己愛型 malignant narcissism
他者に無関心
攻撃的・衝動的: 自分や他者に攻撃性を表現するときに自己の誇大性を確認する
他者との情緒的な交流がない
自己評価の満足に歪みがある(現実世界ではなされない)
病的誇大性が傷つけられたときに外傷的感覚を抱き, 怒りや抑うつの発作が起こる
(Gabbard ,1989を改変)
く, 他者との共感は欠如している。症例2 では様
相は異なり, ひきこもり, 自明性の喪失ともいう
べき自己像の乏しさ , そして, 暴行事件を起
こすなどの激しい衝動性の突出が認められる。こ
れらの症状の背景病理としては, 症例1 では母親
からの共感が十分ではなかったことに由来する低
い自己評価を有するものの, 一定の共生関係が成
立しており, 人格機能水準は神経症水準にあると
考えられる。一方, 症例2 では, 背景病理として
同一性の混乱が強く, 人格機能水準も境界性水準
に相当するが, 一貫したテーマとして「偉くなり
たい」という願望が強く, 内在化されない誇大自
己が根底に存在すると考えられる。2 つの症例に
おいて興味深い点は, 空想の中で誇大的自己を充
足させる手段としてのゲームヘの没頭が共通して
認められることである。このゲームの中での“打
ち負かし願望” が衝動性として現実生活に出現し
ている点が症例2 の特徴と考えられる。
表2 は自己愛性人格障害のサブタイプを示した
ものである。左の2 つのグループはGabbard の分
類3によるもので, まず, 無自覚型(oblivious
narcissism ) は, 他者の反応に無頓着で, 高慢で
攻撃的, 注目の中心であろうとする, 送り手より
も受け手, 他者に傷つけられる感情を持つことを
受け付けないなどの特徴があり, D SM -IV の自己
愛性人格障害の診断基準はこのグループとほぽ一
致する。本症例のI はこのタイプに該当する定型
例といえる。一方, 過剰警戒型(hypervigilant
narcissism ) では自己愛的な問題は異なった現れ
方をする。他者の反応に敏感で恥ずかしがりや,
注目の中心になることを避け, 他者の話に軽蔑や
批判の証拠を注意深く探す, 恥と屈辱の感情を起
こしやすいなどの特徴がある。対人恐怖の一部
に, このようなタイプの自己愛性人格障害患者が
存在することが知られている。第3 のグループ
である悪性の自己愛型(malignant narcissism)と
は, 境界性水準で機能する自己愛人格構造に見い
だされるものとされる 。このタイプでは, 自己
愛人格の通常のタイプとは大きく異なり, 他者に
無関心で, 自分や他者に攻撃性を表現するときに
自己の誇大性を確認するもので, 自己評価の満足
に劇的な歪みがあるとされる。そして, その病的
誇大性が傷つけられたと感じた時に外傷的感覚を
抱き, 怒りや抑うつの発作, あるいは, 衝動性が
突出するものとされる。症例2 がこのタイプに該
当する自己愛人格と考えられる。
一般的に自己愛性人格は, 誇大自己を持つため
に, 境界性人格と比較すると比較的良好な社会的
機能と衝動制御を示すと考えられている。しかし,
上述のように人格機能水準からみた場合, 自己愛
性人格障害は神経症水準から境界性水準まで幅広
く認められるものであることが理解される。特に
境界性水準で機能する自己愛性人格障害では, 自
己愛的傷つきに対する容赦のない, 手段を選ばな
い報復の憤怒が問題となる。近年, 増加している
一見, 無差別な殺傷事件にも同様の心性を感じる
が, その背景には, 自己愛的で未熟な親の増加や,
失敗や傷つきから人生を学んでいくという社会的
風潮の欠如など, 極めて現代的な社会の問題の存
在が考えられる。
おわりに
以上, ひきこもりと激しい衝動性の突出を特徴
とした境界性水準で機能する自己愛人格を基盤と
する症例を, DSM -IV に示されるいわゆる定型的
な自己愛性人格障害例と比較して提示した。そし
て, 両者の病態を自己愛人格スペクトラムの観点
から考察した。
本論文の要旨は東京精神医学会第58 回学術集会で
発表した。
文献
1)Freud S:On nardssism.1914.Standard edition,
vo1 14.Hogarth Press,London,pp67-102,1957
(懸田克躬,吉村博次訳:ナルシズム入門,フロ
イト著作集5.日本教文社,東京,1969)
2)福井敏:自己愛性人格障害.牛島定信,福島
章編:臨床精神医学講座7.中山書店,東京,pp
105-114,1998
3)Gabbard GO:Psychodynamic psychiatry in clinical
practice.American Psychiatric Press,Washington
DC,1990
4)伊藤洸:自己愛性人格障害の発症機制.精神
科治療学10:1217-1222,1995
3)Kernberg OF:Borderline conditions and pathological
narcissism.Jason Aronson,NewYork,1975
6)Kernberg OF:Severe personality disorders:
Psychotherapeutic strategies.Yale university
Press,New Haven,1984
4)Kohut H:The analysis of the self;a systematic approach
to the psychoanalytic treatment of narcissistic
personality disorders.InternationaI Universities
Press,NewYork,1971(水野信義,笠原嘉監
訳:自己の分析.みすず書房,東京,1994)
8)近藤三男:自己愛型人格障害の症候学.精神科
治療学10:1223-1229,1995
9)牛島定信:現代社会と自己愛型人格障害.精神
科治療学10:1231-1237,1995
10)牛島定信:精神分裂病と人格障害における自明
性の喪失.精神経誌101:297-302,1999
Summary
Studies on cases based on narcissistic personality;Comparison of a case with borderline personality level with that with neurotic personality level
We experienced a case based on narcissistic personality,which was characterized by social withdrawal and intensive aggression.The purpuse of this study was to compare clinical features of the above case with those of the other case which met the DSM?criteria for narcissistic personality disorder.ln the case which met the DSM-IV criteria,he could fulfill major role obligations at works somehow or other,however he finally failed to adapt himself to society because of a grandiose sense of self-importance.Considering his psychological basis,his co-de-pendent(symbiotic)relationship with mother had been maintained and his personality level was considered to be in a neurotic level.On the other hand,in the case showing social withdrawal and intensive aggression,adaptation to society itself had been impossible.lt was suggested that he had had uninternalized grandiose self by failure in establishing symbiotic relationship with mother.And the confusion of his identity indicated that his personality level was in a borderline level.According to the subtypes of narcissistic personality disorder,it was considered that the former was oblivious narcissism and the latter was the malignant narcissism.