うつ病に効くオンラインゲームの世界 体験談 2008-6-27
私がそのオンラインロールプレイングゲーム(MMORPG)「トリックスター+」に出会ったのは、いまから1年近く前の、2005年6月のこと。私がうつ病で何をするにも気がめいってしまい、家から一歩も出られなくなったことを心配した友人が、家の中ででもできることとして、勧めてくれたのが始まりだった。
「家にいるなら一緒に遊んでみないか」と言われた。やってみたら、それが意外に楽しかった。
それまで私は、オンラインゲームなんてやったことがなかった。ゲームも、うつ病になってから、久しぶりに家にしまっていたプレイステーションを引っ張り出したくらい。ただ、そのときたまたま中古で買ってあったRPGのソフトをやって、それまで何をするにも10分も持続すればいいほうだった私が、ほとんど何も食べないで14時間もプレイできたことは覚えている。夜にゲームを始めて、次の日の朝まで。その時、自分がゲームを好きだということには気付いた。なぜならそのとき、「面白い」という感情が初めて戻ってきたから。
でも、そのオンラインゲームを初めてやったときは、8種類いるキャラクターの区別がつかなかった。自分のキャラクターさえどれだか分からなくて、ゲーム内の周りの人にからかわれたりもした。
わたしは仕事や家庭のことなど、いろいろなことが積み重なってうつ病になった。だんだん動くことが辛くなって、そのうち布団をかぶって、何をするわけでもなくぼーっと時を過ごしていた。「生きていてもしょうがないかな」–そんなことを考えながら。
でも、ゲームを始めてから、「ゲームをやるためにがんばろう」と思えるようになった。それから、「アイテムを買うためにがんばろう」「ゲーム内のイベントの日までがんばろう」と、小さな目標に向かって生きられるようになった。
今思えば、私はとてもラッキーだった。まず、自分がたまたま選んだキャラクターが、初心者でも戦闘で死ぬことが少ないものだったこと。すぐ死んでしまうようなキャラクターだったら、私はきっとすぐ嫌になっていただろう。
それから、出会った人に恵まれたこと。まだ初心者でゲーム内をうろうろしていたときに、アイテムがフィールドにたくさん落ちていて、そこにいた上級者の人が「全部持って行っていいよ」と言ってくれた。ほかにも、困っていると手を差し伸べてくれる上級者の人がたくさんいた。
ゲーム内でトラブルらしいトラブルもなかった。もちろん、考え方の違いでほかのプレーヤーと言い合いになることはあったけれども、それはきっとゲームじゃなくても、どこにでもあることだ。
うつ病になると、人の目が見られなくなる。だから、買い物にも行けない。でも、ネット上なら人に会わなくても、買い物ができる。チャットなら喋れる。それがすごい気楽だった。自分の顔の表情がうまく作れなくても、笑顔マークなら笑っていることになれるから。
それから、うつ病の症状のひとつに「早期覚醒」というのがあって、朝の3時くらいに目が覚めてしまう。普通ならふとんの中でぼーっと時間を潰してたけれど、ゲームを始めたことで「よし、いまのうちにレベルを1つあげちゃおう」と思えるようになった。早朝に起きてしまった自分を責めなくなって、「起きても平気だ」って思えたら、そのうち起きなくなった。気にするのが一番よくないそうだ。
逆に、そんな時間じゃないとゲームの中で会えない人もいた。そういう人たちに会えるかなと思うと嬉しかったし、そんな時間にいる人は本当にゲームが好きな人だから一緒に遊んでいても楽しかった。
そのうち、だんだんプレイ時間が長い人と仲良くなるようになって、「ギルド」と呼ばれるチームを作って一緒にプレイするようになった。オンラインゲームのプレーヤーは学生が多くて、「仕事で嫌なことがあった」とまでは言わなくても、何か辛いことがあったときに「がんばれ」って励ましてくれた。自分でできないことも手伝ってもらえた。
私は、プレイスキルが低くて、なかなか他の人の役に立てなかった。だけど、ゲームの中ではみんなが待ってくれた。きっと、それは遊びだから。現実の社会ならみんなせかせかしてしまうし、仕事が遅いと陰口を言われてしまう。今は、もしかしたら自分もこれまで仕事の遅い人を責めてしまっていたんじゃないかと思う。
ゲームの中では表情が見えない分、自分の行動に対して相手がどう思ってるかわからない。だから、どうしたらいいんだろうって考えた。そうしたら、人から何かをしてもらったときに「ありがとう」っていう言葉が自然に出てきた。人には何かをしてあげれたほうが自分も楽しい、って思えた。
年齢もぜんぜんちがう人たちと喋れたことも新鮮だった。自分とみんなは違うけれども、みんなもそれぞれ違うんだと分かった。よかった、って思えた。
ギルドの人たちがブログを書いているのを見て、自分もやりたくなってブログも始めた。最初は文字を書いたり編集したりするのも大変だったけれど、慣れてきて体調も良くなってくると、どんどん書けるようになった。ほかのプレーヤーからコメントをもらえるようにもなって、ブログが一人歩きを始めた。いまではゲーム内で仲良くなった友達とブログや個人サイトでもつながるようになっている。
文章を書くことで、うつ状態からの快方も見えてきた。コミュニケーションが取れるようになって、病気も落ち着いた。
そうして少しずつうつを克服した私は、この体験を本にまとめることにした。本を書くことは、ずっと昔からの夢だったから。そして、オンラインゲームは決して悪いものではないということを、知ってもらいたいから。
私はオンラインゲームを通じて、自分が人とコミュニケーションするのが好きだということに気づいた。文章を書くのが好きということも気づいた。このゲームが生まれた背景の韓国のことも、もっと知りたいと思うようになった。そして、海外のゲームや雑貨を紹介するお店をいつか作れたらいいという夢も持てた。
確かに、オンラインゲームに熱中してしまって、ほかのすべてを捨ててしまうようなことはあまりいいとは言えないと思う。私はうつ病で数カ月間仕事をやめていたけれど、その後職場に復帰していたので、プレイをしていたのは仕事が終わって家に帰ってからの3時間と、土日だった。オンラインゲームに費やすお金も、月に2000円といったところだ。
私が書く本を将来手に取ってくれる人や、この記事を読んでいる人に言いたい。「もっと遊びましょう」と。自分が何を好きなのかが分からなかったら、人生なんてつまらない。お金をためたり、目標を達成するために働いても、過労死してしまったら意味がない。そんなにもったいないことはない。自分の好きなことなら、がんばれる。うつ病になる人は、何か無理をしているんだと思う。だから、もっと遊べばいい。