うつ状態の臨床的分類の流れ 2007-12-20
臨床精神医学34(5):573-580,2005
「うつ状態」とその分類
うつ状態の臨床的分類の流れ一伝統的分類と国際分類-
古野毅彦・演田秀伯
1.はじめに
疾患分類学nosologieは症候学semiologieと並んで臨床精神医学の柱である。病気を分類するには何かしらの基準がいる。分類とは病気に対する考えであり,精神障害をどう理解するか,その人なりの立場を示すものである。大きく分けると,症状をもとに類型を抽出するカテゴリー分類と,複数の異なる次元軸を組み合わせるディメンジョン分類があり,それぞれに特色を持っている。本稿では過去から近年に至る,うつ状態における分類の流れを振り返り,その臨床に占める意味を探ることにする。
2.躁うつ病概念の成立
ものごとの概念が明確になってから,それをもとに分類が作られる。Esquirolはメランコリー(部分精神病)を高揚性のモノマニーと抑うつ性のリベマニーに分けたが,後者がうつ病の原型である。Falretはマニー(踊的興奮状態),メランコリー(うつ状態),平穏期の3つの病期を規則的に躁り返す循環精神病を記載し,女性に多く遺伝が濃厚であると述べた。同年Baillargerも,1つの発作中に興奮,抑うつの異なる2つの病相を含む二相精神病を報告した。これらがやがて躁うつ病の概念に発展する。
躁うつ病の概念を確立したのはKraeperinである。教科書4版(1893)までは,パラノイアや周期性精神病と並んで,メランコリーが独立した項になっている。5版(1896)は疾患単位への分類転換を遂げた著作として知られる。すなわち全体が先天性と後天性に二分され,周期性精神病とパラノイアは体質性精神病として前者に,メランコリーは退行期精神病として後者に分類された。躁うつ病は6版(1899)に初めて登場する。ここで躁うつ病とメランコリーが別立てになったことから,退行期うつ病をめぐる議論がはじまる。躁うつ病概念は1910年頃フランスに伝えられ,以後急速に浸透した。
第8版(1909~1915)の噪うつ病は心因性疾患,パラノイア,精神病質人格などとともに体質性の群に入り,「一方にいわゆる周期性,循環性の病気のすべてと,他方には単発性躁病,メランコリーといわれる病像の大部分と少なからぬ数のアメンチアを含む。さらに周期的あるいは持続的な軽い気分の変化を含むが,その一部はより重篤な障害の前駆と見なされるものであり,その他は体質と明確な境界なしに移行していくものである」と記されている。この頃の躁うつ病とは,広い範囲にわたる狂疾folie,精神病lrreseinであった。
表1 精神病性うつ病と神経症性うつ病
図1 Kielholzによるうつ病の分類-ICD-10との対応-
Kraeperinは躁うつ病の病因として遺伝を重くみて,人格や抑圧された欲動などの関与は認めていたものの,心因については消極的な姿勢をとり続けた。しかし最後の分類を見ると,外因・体因性から,原因不明の内因性,遺伝要素の大きな体質性まで,切れ目なく連続している。すなわち躁うつ病も,一方では心因性,他方では内因性の早発痴呆や外因性の器質性・症候性精神障害とも接点を持つことになり,ここにカテゴリーからディメンジョンヘと移行する分類思想の萌芽を読みとることも可能である。
3.病因別の分類
精神医学に神経症が登場するのは1880年頃である。それまで精神医学の対象は,社会からの隔離を必要とする重症の器質性,内因性精神病であり,ヒステリーなどの神経症は一般内科医が診療していた。うつ病の精神病性と神経症性の差異が論じられるのは,これ以降である。神経症性とは力動精神医学に基づく幼少時の葛藤,心因性は具体的な心理要因,反応性は発病の時間的推移におのおの重点を置いた概念であるが,しばしばほぼ同義として用いられる。
Depressionの語は解剖学では低下,陥没(頭蓋
表2 単極性うつ病と双極性うつ病の比較
骨陥没など),生理学では抑制(呼吸抑制など)の意味に用いられてきた。メランコリーに代わり,うつ状態あるいはうつ病の意味で精神医学に登場するのは19世紀半ばである。Lange(1928)は一方の極に内因性うつ病を,もう一方の極に心因性うつ病を置いて,これを発病様式,臨床像によって対比させた。精神病性うつ病と神経症性うつ病をめぐる議論はイギリスで長く続いたが,両者の違いを表1に示す。体因性,心因性,内因性の病因別の区分は今日でも考え方の基本になっている。SchneiderはSchelerの考えをもとに感情を層区分して,特定の感覚に結びつかず全身にみなぎる生気感情をとりあげ,その障害である生気性悲哀.vitale Traurigkeitを内因性うつ病の中心に置いた。朝方に強い抑うつ感,生物学的徴候(体重減少,食欲低下),環境に左右されない恒常性,早朝覚醒などである。
Kielholzは図1に示すように,体因を縦軸,心因を横軸にとった空間に,うつ病を体因性,心因
図2 Winokurの感情障害の分類
性,内因性の群に大別し,さらに9つに分けた類型を配置した。この図から,うつ病はどれも心因と体因がさまざまな割合で関与していること,各類型は互いに移行し合うことがわかる。理解しやすいディメンジョン分類である。
4.単極型と双極型
Leonhard(1957)は,内因性うつ病に単極性躁病,単極性うつ病,両者が並存する双極性の3型を区別した。1966年にスウェーデンのAngstとスイスのPerrisがそれぞれ,単極型と双極型は症候学的,遺伝的に異なることを示した。その後,2つの型では発病年齢,生化学,薬物反応性に違いがあり,単極性躁病は双極性に近いことなどの報告がなされた。単極型と双極型のカテゴリー区分(表2)は広く受け入れられ今日に至っている。
Dunnerらは,軽噪とうつの病相を持つものを双極Ⅱ型と呼んだ。Akiskalはこの考えをさらに推し進め,Bipolar Spectrumとして双極Ⅲ型,双極IV型を提唱している。
Winokurは,図2のように器質性,双極性,単極性,分裂感情障害の4つに区分し,単極性をさらに,反応性うつ病,内因・心因性うつ病,神経症性うつ病に分けている。反応性うつ病は近親者の死あるいは自らが身体疾患に罹患した後に続発するもの,神経症性うつ病はアルコール症,反社会性人格の家族歴を持ち,臨床的には「波乱万丈の人生」を送り,人格上の問題・対人関係の不良等で特徴づけられるものである。Depression spectrum disease(DSD)は,アルコール症または反社会性人格の家族歴を持つ患者に生じるうつ病を指しており,反応性うつ病。神経症性うつ病をまず同定し,それらに該当しない単極性うつ病を内因性うつ病とみている。内因・心因性うつ病はfamilial pure depressive disease(FPDD)とsporadic depressive disease(SDD)に分けられる。FPDDは家族歴がうつ病のみで,躁病,アルコール症,反社会性人格などはなく,SDDはこれらのいずれもが家族歴にみられないものを指している。Akiskalらとともに,遺伝的な要素をもとに類型を純化させようとする試みである。
5.包括・多元的な分類
力動精神医学は患者の生活史を重視し,内因性精神病に了解の範囲を拡大した。これを受けて1950年代のドイツにうつ病の発病状況論が起こり,荷おろしうつ病,根こぎうつ病などが
図3Pichotによるうつ状態の分類(文献21による)
提唱された。わが国でも平沢による軽症うつ病,広瀬による逃避型抑うつなどの記載がある。こうした誘発うつ病の概念は,内因性と心因性の境を不鮮明にし,より包括的な分類を構想させることになった。
Tellenbachは,メランコリー親和型性格を提唱し,病前性格と発病状況を包括的にとらえようとした。笠原一木村の分類は,「病前性格一発病状況一病像一治療への反応一経過」を1つのセットにし,心的水準の低下の度合に応じて生じるいくつかの段階を設定した立体的構成となっている。多元的な要素を組み合わせて類型を描き出すとともに,病像の成り立ちの理解や治療方法の選択,予後の推定など臨床的に有用な分類である。
Robinsonらは,脳梗塞後に生じるうつ状態を卒中後うつ病として報告した。卒中後うつ病は,MRIなど画像診断の進歩にあわせて,無症候性脳梗塞と老年うつ病の関連,血管性うつ病の概念などに発展した。体因性うつ病と内因性うつ病の区分を不明瞭にし,ディメンション的な見方をすすめるものである。
6.客観的な分類
うつ病に実証的な研究が現れたのは1950年代後半である。コンピュータの導入が評価尺度を用いた多数例の処理を可能にしたからである。Pichotの分類は図3に示すように,正常悲哀と不安神経症を除いたうつ状態を一次性か二次性で
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表3 DSM-IVによる気分障害の分類
(うつ病性障害)
296.2x大うつ病性障害,単一エピソード
296.3x大うつ病性障害,反復性
300.4気分変調性障害
3U特定不能のうつ病性障害
月経前不快気分障害,小うつ病性障害,統合失調症の梢神病後う
つ病性障害など
(双極性障害)
296.0x双極I型障害,単一顧病エピソード
296.40双極I型障害,最も新しいエピソードが軽顧病
296.4x双極I型障害,最も新しいエピソードが噪病
296.6x双極I型障害,最も新しいエピソードが混合性
296.5x双極1型障害,最も新しいエピソードがうつ病
296.7双極I型障害,最も新しいエピソードが特定不能
296.89双極U型障害(軽噪病エピソードを伴う反復性大うつ病エピソード)
301.13気分循環性障害
296.80特定不能の双極性障害
(他の気分障害)
298.83一般身体疾患による気分障害
物質誘発性気分障害
296.90特定不能の気分障害
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二分し,さらに下位群を細分化する段階的なものである一次性,二次性の二分法はKleinの分類でも用いられているが,一次性とは感情障害以外の精神疾患の既往がないもの,二次性とは感情障害以外の精神疾患あるいは身体疾患に引き続いて起こるものを指している。一次性うつ病は症候学によって生気的な特徴を持つ内因病像endomorphe型と,これを持たない外因病像exomorphe型に分けられている。内因病像型は躁病を伴うものと,伴わない単極型に分けられ,後者はさらに退行期うつ病を考慮し早発型と晩発型に分けられている。外因病像型の下位群は病因(Kielholzをもとに反応性,神経症性,疲憊性)と症候学(自己憐憫,敵意,不安)の双方によっている。
この分類では,うつ病から精神病のニュアンスがぬぐい去られ,単に気分障害あるいは感情病と表現されている。客観性を重視してDSM-Ⅲ(1980)を意識しつつ,伝統的立場にも配慮したバランスのとれた分類になっている。
7.今日の国際分類
DSM-IV-TRによる分類(表3)は,病因論を排除し症候学に基づく操作的,客観的な姿勢を目指したDSM-Ⅲを踏襲している。統合失調症が狭くなり,気分障害の範囲は拡大した。単極型と双極型の区分は引き継がれ,うつ病性障害と双極性障害は別のカテゴリーとして分けられている。うつ病性障害は従来の内因性うつ病に相当する大うつ病,気分変調性障害,特定不能からなっている。生気的な要素はメランコリー型として挙がっている。過眠,体重または食欲の増加,気分の反応性などの病像は非定型うつ病とされている。精神病性の特徴は気分に一致するものと,一致しないものに分けられる。前者には罪責妄想,心気妄想,虚無的な妄想,報いとしての処罰など抑うつ性の主題に合致したものが挙がっている。気分に一致しないものとして,抑うつ主題とは直接関係しない被害妄想,思考吹入,考想伝播,被影響妄想などがあり,緊張病症状とともに,これら
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表41CD-10による気分(感情)障害の分類
F3気分(感情)障害
F30噪病エピソード
F31双極性感情障害〔噪うつ病〕
F32うつ病エピソード
F33反復性うつ病性障害
F34持続性気分(感情)障害
気分循環症,気分変調症を含む
F38他の気分(感情)障害
F39特定不能の気分(感情)障害
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を気分障害に含めるべきかについて議論がある。気分変調性障害は従来の抑うつ神経症や神経症性うつ病に相当する。これにはAkiskalによる抑うつ神経症の予後研究から気分障害の項に入れられた経緯がある。また,気分変調症そのものが異質な障害の集合体であるとみなされ,早発性(21歳未満),遅発性(21歳以上)に亜型分類されたが,これもDSMⅣで採用されている。特定不能のうつ病性障害の項には月経前不快気分や統合失調症後の抑うつなどが含まれている。双極性障害には双極I型障害,双極Ⅱ型障害,気分循環型障害が含まれている。気分循環性障害はDSM-Ⅱでは気分循環性人格とされていたものが,DSM-Ⅲ以降は気分障害の項に入れられた。またエピソードの反復を記述する特定用語として季節型,急速交代型などの特定用語が設けられている。
ICD-10による分類(表4)は,アメリカでのDSM-Ⅲ,DSM-Ⅲ-Rが刺激になって生まれた。単極型と双極型に二分しているが,それぞれ初回エピソードと反復したものを分けている。DSM-IV(1994)はICD-10に近づける作業がなされたが,いくつか相違も残されている。体因性うつ病は,気分障害の項ではなく器質性気分障害(F06)に,統合失調感情精神病は統合失調感情障害(F25)にそれぞれ対応する。退行期うつ病は,ICD-8(1964)およびその影響を受けて作成されたDSM-Ⅱ(1968)において退行期メランコリーとして独立していたが,その後の分類では青年期のうつ病の年齢修飾と考えられるようになりDSM-IVでもICD-10でも独立した位置づけはされていない。筆者らは人生後半期のうつ状態を,内因性うつ病の遅発型と妄想性障害としてのメランコリーの2つに分げると理解しやすいと考えている。
8.まとめ
躁うつ病の概念の成立から,最近の国際分類に至る流れを振り返った。分類は人為的なものであるから,どれにも多少とも不備がある。カテゴリー分類は類型のイメージを描きやすいが境界の設定が難しく,それを解消できるディメンション分類には次元軸の適切性が問題となる。分類は新しいほどよいとは限らない。現在用いられる国際分類は,国や文化を越えて誰もが操作的にあてはめることはできるが,類型同士の関連がつかめないので議論が深まらない。伝統的な分類を見直し,DSMに至った流れを知り(汎用されているMINI-DのみでなくDSMマニュアルの序文が役に立つ),それぞれの利点と欠点を把握することは,臨床の場で多様なうつ状態と向き合い,患者を理解する基盤を与えてくれると思う。